04

 海を臨む地の最果てで行われる、海凪(うみなぎ)の精霊祭という催しは、海からの恵みに感謝し、今後の豊穣を願うものとされている。

 祭りの発祥とされる出来事は、昔、この辺りに人間たちがやってきた時の事。土地を追われたか、それとも天災に見舞われたか、人々は住む場所を探してこの地へ辿り着き、精根を使い果たしてしまった。行き場はもう何処にもなく、これを憂えた一人の若い娘が、僅かな供物と共に得意であった踊りを海原の精霊に捧げたという。

 ――私たちにはもう、行く宛がない。どうかこの地に、あなた方の側に住まわせておくれ。

 仲間たちの案じる声も聞かず、娘は願いを乗せ、踊り続けた。
 彼女の直向きな姿に感動し、また恋をした海原の精霊は、娘の純真な踊りに応えて土地で暮らす事を受け入れた。
 精霊は人々に、そして恋をした娘に、心を伝えようと歌を聞かせたという。言葉ではなく音をもって奏でる、古の海の歌を。
 それから人々は、その感謝を忘れないよう、毎年必ず、海原へ歌と踊りを捧げてきた。

 かくして、最初の娘が践んだ踊りと、娘に応えた精霊の歌は現在まで伝わり、その伝統は“海凪の精霊祭”と呼ばれるようになった――。




 練習が始まるその前に、踊りを伝える女性たちから語られた、古い言い伝え。
 各地を転々としやって来たこの場所で、仲間たちの安寧を願って踊り続けたという人間の娘と、その心に感動し歌ったという精霊のお話。

(なるほど、ザギが言いたがらないわけだ)

 毎年、この季節にある祭りのきっかけと、歌と踊りの言い伝えは――とても、ロマンチックだった。
 彼の性格では、語りたくなかったのだろう。素敵な話なのだから、別に笑ったりしないのに。

「そんなわけで、歌と踊りは昔から対にされてきて、時間が経ってもこれだけは変わらずに守ってきたのよ」
「昔の事だし、祭りや歌と踊りに関しては色んな話があるけどね、これが一番多く伝わってきた話かな」

 踊り手の娘たちから、へええ、と感心した声が上がる。「初めて聞いた」「面白い」「両親に聞いた事がある」などなど、反応は様々だが全員が楽しそうに笑っていた。

は知ってた?」
「全然! こないだ友達の人魚から、歌と踊りが対って初めて聞いたくらいだ」
「おんなじ!」

 隣に居た町の娘が、にこにこと笑った。
 練習を通じてすっかり親しくなり、今では踊り手の娘たちとは名前で呼び合う間柄だ。
 最初はどうなるかと思っていたが、新しい友達が増え、新しい体験ができた。踊り手の役目も悪い事ばかりではなく、楽しい事も多いのだと、ようやくは思えるようになっていた。

「だから踊りはね、精霊たちに真心を伝えるように、丁寧に踊るんだ。惚れさせるくらいの、華やかさと艶やかさも乗っけてね」

 華やかさ、艶やかさかあ……。
 そんな風に踊れるか、に自信はないが、心を込めて大切に踊りたいとは思う。素敵な言い伝えを聞かされたら、尚のことだ。

「さ! 練習を始めよっか! 今日は打楽器の担当が全員来てるからね。本番の気分を味わいながら、最初から通してやってみようか」

 女性たちは朗らかに告げ、両手を叩いた。他の踊り手たちと共に、は立ち上がる。
 すっかりと通い慣れた練習場所である倉庫には、踊りの囃子を担当する町の人が複数名、それぞれ打楽器等を用意し控えている。

 今日はついに、囃子を交えての踊りの練習だ。
 練習の成果を確認する、最終テストのようなものだろう。

 見ていられないほど散々な結果に終わった、初日。あれから練習を重ね、今ではもう踊りの所作を完璧に覚えきっている。その成果を自らでも確認すべく、は位置につき、日に焼けた腕を静かに持ち上げた。


 目映い茜色に染まった海原とその傍らにある町は、浮き足立つ空気が日毎に増してゆく。
 海凪の精霊祭まで――残り、一週間だった。



 大きな空き倉庫の中に響く、囃子の音色。祭りのたびに必ず耳にする馴染み深い音の調子に合わせ、足を運び、指先を宙に滑らす。
 音があるのとないのとでは、また気分が違う。
 は僅かな緊張を抱いたが、同じ所作で踊る娘たちの面持ちも、心なしかきゅっと引き締まっているように見える。彼女らの方が綺麗で可憐に感じるのは相変わらずだが、こうして囃子の音色が入ると――。

(なんか、楽しい!)

 爪先を鳴らす振動に、自然と、心が弾む。あんなに毛嫌いし逃げ回っていた事が、不思議に思えるくらいに、軽やかな気分になった。

 やがて、囃子の音色と、踏み鳴らす足音が鳴り止んだ。
 余韻が漂う空間に、僅かな静寂。そして、その後――全員で、わあっと声をこぼし笑い合った。

「なんか、いいね」
「うん、良かった!」
「私わくわくしちゃった~」

 それほど激しい踊りではないのに、全員の顔はほんのりと上気している。
 確かに、楽しかった。間違えずに、最後まで踊りきった。上出来の結果だと思う。
 見守っていた町の女性たちも、両手を叩いて素晴らしいと褒め称えてくれた。そういった言葉を掛けられると嬉しくて、も他の娘たちと顔を見合わせ笑った。

「どうなるものかと一番不安だったけど、、良かったよ。完璧に覚えたね」

 照れ隠しに頭を掻き、小さくはにかむ。本当に、最初はどうなる事かと思った。

「でも、あと一週間ある。練習はきちっと最後までするからね」

 はーい、と元気良く腕を挙げ、返事を響かせた。

「――でも、その前に、大事な事が一つ」
「明日の練習の日は、踊りじゃなくて別の事をするからね。そのつもりで」

 女性たちの楽しそうな含み笑いに、や他の踊り手たちは小首を捻るのであった。


◆◇◆


 ――そして翌日。
 空き倉庫にやって来たは、女性たちの言葉の意味を悟った。

「うっわあー! 何これ?!」

 は踏み入れると同時に、目を真ん丸にし仰天した。先に到着していた娘も、後からやって来た娘も、同じような反応をし食い入るように一点を見つめる。
 そこにあったのは、上下に分かれた華やかな青色の衣装だった。レースとビーズの装飾が美しいブラトップと、半透明の布地を重ね足首まで覆い隠すシフォンスカート。
 殺風景な倉庫の中で、場違いなほどにキラキラとしているそれは――海凪の精霊祭で踊り手たちが着る、専用のドレス衣装である。
 驚きながらも瞳を輝かせるたちへ、町の女性たちはクスクスと微笑んだ。

「そう、踊り手の衣装だ。今日はみんなに試しに着てもらうからね!」

 途端に、娘たちは表情をぱっと咲かせ、明るい声を上げた。
 ただしは、一人だけ表情を引きつらせ、硬直していた。

(こ、これを本当に、私が着るのか……)

 忘れていた不安が、再び胸をよぎった。



 町の女性たちに見繕われ、娘たちが順番にサイズの合う衣装を受け取り着替えてゆく。
 上下に分かれた衣装は、肩、腕、腹部、足といった大部分の肌が露出し、身体の輪郭もはっきりと現れるのに、厭らしさなどはまったくない。むしろ見目は清々しく、清楚な華やかさを感じさせた。

(やばい、私以外がみんな美の女神に見えてきた)

 青いスカートの裾を摘まみ、ふわふわと揺らしてはしゃぐ娘たちを、思わずじっと見つめてしまう。

「ほーら、が最後だよ。こっちにおいで」
「あ、は、はい」

 少し気後れしながら、用意されていた複数の衣装の前に佇む。女性はざっとの全身を眺め、この辺りかな、と選び始めた。

「あの、そういえばたくさんあるけど、これは全部、前からあるものなんですか?」
「そうだよ。綺麗に洗って、修繕して、きちんと保管してるんだ。今までの踊り手たちも着たんだよ」

 じゃあ、母さんが着たものもあるのかな。はしげしげと眺める。

「まあ毎年必ず、一着、二着は新しく作り直すんだけどね! 若い子たちってのは元気を出しすぎちゃうから、あっはっは!」
「ふうん……??」
「下は……これがちょうど良いかな。さ、試しに着ておいで!」

 は渡された衣装を抱え、積み重なった木箱の裏へ回った。
 目の前に衣装を掲げ、まじまじと見つめる。幼い頃から見上げていた、祭りの夜の主役が纏う華やかな衣装が、ついにの目の前に来てしまった。

(せめて、笑われませんように!)

 強く祈りながら、は衣服を脱いだ。





「ええっと、その、着て、みました……」

 恐る恐る、木箱の陰から踏み出す。すると、すぐさま視線が集まった。ビシビシと突き刺さるのを猛烈に感じ取り、剥き出しの肩は情けなく縮んでしまう。

 踏み出すたびに揺れる、軽く柔らかなスカートの裾。ひらひらとして落ち着かず、その上、両側には思った以上に深いスリットが入っていた。胸を包むブラトップは、細やかな細工のレースとビーズが日焼けした肌に重なり、これもやはりキラキラして落ち着かない。

 肌の露出する水着には慣れているが、これは……実際に身に着け、痛感する。
 清楚で華やかな衣装は、女性らしくシャラシャラとしていた。

(――これ絶対、ヤジが飛んでくる!!)

 舞台に上がった瞬間に、凄まじい怒号が飛び交う、最悪の未来を想像する。これなら、笑われる方が遥かにマシだ。
 こういった華やかな衣装に、憧れがなかったわけではないが、それよりも不安感の方が圧倒的に強い。その証拠に、倉庫にいる誰もが口を開かずしんと黙りこくっている。よほど似合わない恰好をしているのだろう。分かってはいるが、泣きそうになる。

 やっぱり、理由を無理にでもつけて止めといた方が――。

「に、似合わないよな! さっさと脱いでく……」
「ちょっと、あんた綺麗よ!」

 背中を向けようとした時、わっと明るい声が響いた。
 そして逃げようとしていたの側へ、一斉に駆け寄って来る。

「びっくりした! 急に雰囲気変わるんだもの!」
「凄いだろうとは思ってたけど、本当に凄い。出るとこは出て、出ないとこは出ない体型って、なにそれ」
ちゃん素敵~。金色の髪が映えるね!」
「え、は、な」

 には困惑が押し寄せ、まったく形にならない不明瞭な声ばかりがこぼれる。
 きゃっきゃとはしゃぐ彼女たちの言葉は、全て聞き取れなかったが、危惧していた反応は一つもなかった。

「あらあら、似合うじゃないか! おばさん驚いたよ!」

 女性たちも、大袈裟なほどに誉めそやす。その真ん中に立たされたは、激しく狼狽えた。

「え、へ、変じゃ、ないの?」

 思い切って尋ねると、全員が「まさかー!」と笑い飛ばした。

、いつも男らしいのに、こういう時って可愛くなるんだね」
「変じゃないよ、似合ってるよ」

 なんだって?! 変ではない?!
 一瞬耳を疑ってしまったが、同情し持ち上げてくれている素振りはなかった。顔を背けたくなる惨状は、どうやらギリギリのところで避けられたらしい。
 良かった。それなら、飛んでくるのはヤジではなく、笑いで済みそうだ。
 ようやく安堵したは、胸を撫で下ろす。

「ねえ、せっかくだから、ちょっとだけ合わせてみない?」
「いいね、予行練習に」

 華やかな衣装を纏った娘たちが輪を作る。その中にも混ざると、声を掛け合いながら踊りを踏んだ。
 サラサラと肌触りが良く、動きに合わせ軽やかに翻る衣装は、ひらひらして気恥ずかしかったが――嫌な気分は、なかった。


「今年も良い祭りになりそうだ。成功は間違いないね」
「そうだね、でも……これは、ちょっと波乱を呼ぶかもしれないわ」


 その傍らで、町の女性たちが意味深に笑っていたが――はしゃぐたちは、気付かなかった。


◆◇◆


 結局その後、一度では足らず、二度ほど通して踊った。
 本番の衣装に気分が盛り上がってしまい、女性たちからストップが掛けられなければ、延々と踊っていただろう。

「今日はあくまで衣装の試着だから。今日はこのくらいね」
「本番になったらまた着ようね。その時には、今はないけどベルトとかアームとかを着けて、踊りの化粧もするからね」

 女性たちの言葉で、この日の集まりも無事に終了となった。




「――おい、

 衣装合わせが無事に終わり、空き倉庫から踏み出ると、低い声に呼び止められる。きょろりと周囲を見渡し、近付いてくる人影に視線を定めた。

「あれ、ザギじゃん。どうした」
「お前の親父さんから、伝言頼まれてな。もう今日は終わりか」
「うん。それで、伝言って」

 尋ねようとしたの声に、ぞろぞろと出てきた踊り手たちの声が被さった。

「またね、……お?!」
「あら?!」
「なになに、男の人? ってば、そんな人がいたの?」

 さすが同じ町に暮らしているだけあって、サメ頭の大柄な魚人を見ても、彼女たちに恐怖心は一切ない。むしろ、異様な食いつきを見せる女の子たちを前にし、逆にザギの方が一瞬身構えたようにさえ感じる。

「いやいや、まさか。昔っからの幼馴染だよ、こいつは」

 男女の間柄なんて、そんな。は笑いながら、ザギの背中をばしばしと叩く。そうすると、ザギも手を持ち上げ、の頭をばしばしと叩き返してくる。
 互いの顔を掴み合い無言の応酬を繰り返すと、周りからはクスクスと笑い声がこぼれた。

「ふふ、仲良いんだね」
「そんなんじゃ」
「はいはい、分かった分かった。私らは先に帰るから、ごゆっくり~」

 満面の笑みを浮かべた彼女たちは、声を掛ける間もなく、さっさと行ってしまった。なんという速さ。残されたとザギの間に、静寂を帯びた海風が吹き抜ける。

「分かったって、絶対あれ分かってない」
「……ふん、まあ、別に良いけどよ。とっとと帰んぞ」

 ザギは呟くと、背を向け、さっさと歩き出してしまった。腰の辺りから伸びている灰色の尾びれで、ビュンビュンと空気を切り裂きながら。
 は何処となく釈然としないような気分になったが、だからといって嫌悪感もないので、そのままザギを追いかける。

「ねえ、父さんからの伝言って?」
「ああ……祭り関係の準備がまた長引きそうだから夕飯は先に食ってろ、だとよ」
「そっか。分かった」

 “海凪の精霊祭”まで、残り一週間ほどとなった。打ち合わせと準備作業は佳境に入り、今はもうあちらこちらで忙しく動き回る人々が、大勢見られるようになっている。
 漁師や漁港の職員などは、隣町からこの町まで繋ぐ船の臨時運行便から、来訪者向けの遊覧船まで、毎年一手に面倒を引き受けている。ここのところ、父親も漁業そっちのけで駆けずり回っていた。

「そういや、こないだからやり始めた舞台の設営、順調らしいぞ」
「う、そ、そっか」

 祭りで一番の催しである、歌と踊りを披露する場所。
 そして、が近いうちに、必ず立つ事になる場所だ。
 その日が近付いているのだと、改めて実感する。

「なんだ、やっぱり上手くいってねえのか」
「上手くいかない事前提で話をすんな!」

 まあ、踊りきった時には、町の女性たちからいたく感動されたが……。

「家でもずっとやってたから、もう全部覚えたって。ほら」

 は大きく踏み込むと、ザギの前へ踊り出る。
 海を染め沈んでゆく太陽の光を受けながら、軽やかに爪先を運び、腕を伸ばす。最後にくるりと回ってみせ、ザギへ視線を戻す。驚いたような空気が彼から感じられ、意趣返しが成功した気分になった。

「完璧に踊ってやるって言っただろ? 本番には専用の衣装も着るし、どうなるか待ってろよ」
「……衣装?」
「うん。ほら、祭りの踊り手は、綺麗な服を着てるだろ? 私も伝統に則り着るからさ」

 似合うかどうかは別とし、ひとまず見ていられないような事態にはならないと今日分かったので、心穏やかに本番を迎えられそうだ。
 はにこにこと笑っていたが、ふと気付けば、ザギは神妙な面持ちで黙り込んでしまっていた。

「ちょっと、どうせ似合わないとか思ってるんだろ。まあたぶんそうだとは思うけどさ、さっき試しに着てみたら、そんなに悪くないって言われたんだ」
「……」
「あ、今日は、練習じゃなくて、衣装合わせをしててさ」

 ザギは、何か考え込んだまま、動かなくなってしまった。
 もしかして、ヤジや笑いが飛び交う光景を想像してるのだろうか。
 まったく失礼な奴だと、は笑う。

「精一杯やるよ。選ばれたんだから、ちゃんと――」
「楽しそうだな、。あんな嫌がってたわりに」

 ようやく口を開いたザギは、低い声を吐き出した。先ほどまではなかった不機嫌な響きを確かに感じ取り、は目を丸くする。

「最初はまあ、そうだったけどさ。でも……」

 最後まで踊れるようになった喜びと、他の娘たちと合わせる楽しみは、予想外にも心地好かった。何故あんなに毛嫌いしていたのか、今では分からなくなってしまうほどに。
 指を差して笑ったあいつらを見返してやる――そういった感情は今も確かにあるが、最初の頃と比べれば、もう随分と薄れている。
 きちんとやり遂げ、成功させ、祭りを楽しむ全ての人達に、笑って欲しい。陸の民も、海の民も、分け隔てなく平等に。
 は心の底から、そう思った。

「ザギは、楽しみじゃないのか? 海凪の精霊祭」
「楽しみ、な。まあ少しはそう思っていたが……そうか。お前が、あれを着るのか。くそ、衣装の事なんて忘れていた」

 ザギにしては、妙に歯切れの悪い言葉だ。気に入らない事でもあるのかと尋ねると、彼は不意にを見つめる。普段とは違う不穏な色が、サメの眼に宿っているような気がした。

「……お前、踊りと歌が対になってるっていうもとの話、聞いたか」
「あ、う、うん。昔、土地を転々としてた人間たちが、ここにやって来たってやつだろ」

 行き場を無くした一行の中にいた踊りの得意な若い娘が、どうかこの地に住まわせて欲しいと願い、踊り続けた。娘の直向な想いに心を打たれ、また恋をした海の精霊は、土地で暮らす事を認め、その証に海の恵みと歌を授けた。
 そしてその古い言い伝えは、現在の“海凪の精霊祭”として受け継がれている、と。

「……そうか。やっぱり、人間と魚人の間じゃ違うんだな」
「え?」
「土地を転々としていた人間たちは、最果てのこの場所にまでやって来た。その中に居た人間の女が、この土地で暮らせるよう海に願った。そこまでは一緒だが、その後が違う」

 どうか住まわせてくれと願い続ける人間の娘に、とある海の精霊が一目惚れをした。精霊は、娘が自分の想いを受け取ってくれるのならば、この土地で暮らす事を許そうと告げた。精霊の紡ぐ恋の歌を、娘は喜んで受け入れ、得意であった踊りでもってその返事とした。

「魚人の間じゃ、それが有名だな。まあ、歌と踊りが後か先かってだけだが」
「へえ、素敵な話」

 何故それを、彼は言いたがらなかったのだろうか。
 が尋ねると、ザギは、不意に笑った。普段とは違う、自分自身を嘲るような声色だった。

「……もっとも、“別の話”の方が、よっぽど信憑性があるように思うけどな」
「別の話?」
「……俺らはお前たちが思うほど、立派な種族じゃねえって事だ」

 意味深に呟いたザギは、そこで不意に言葉を止め、頭を振った。そんな事はどうでもいいのだと、言わんばかりの乱雑な仕草で。そして、不機嫌な声をそのままに、ぞんざいに言い放った。

、お前、踊るのやっぱり止めろ」
「は、はあ?!」

 何を急に。そんな事を言われても、頷けるわけがない。大体、祭りはすぐそこではないか。

「私、失敗しないよ。素敵な話をぶち壊すような真似だって、したくない」
「失敗するとかしないとか、それはもうどうでもいい。舞台に上がるなと言ってるんだ」
「は、ザギ……?」

 彼らしからぬ、焦燥感が滲んでいる。
 どうしたのだろう、急にザギが、ザギではなくなってしまったようだ。

「失敗しても、しなくても……笑ってくれるんだろ?」

 そう、言ってくれたじゃんか。
 小さく尋ねたが、ザギは応えなかった。固く牙を閉ざし、夕暮れの明かりを受け不気味に光る両目を向けているだけだ。

「いきなり言われても、意味が分からない。それとも……なに。そんなに、踊り手が似合わないって言いたいのか」

 が拳を握りしめると、ザギはほんの一瞬、怯んだように身体を揺らした。

「そういう、意味じゃねえよ」
「そういう風にしか聞こえない。見たくないなら、見なければいいだろ」
!」

 吼えるような低音と共に、ザギの手が伸びる。はそれを叩き落とすと、ザギを睨んだ。

「似合わないって馬鹿にされるのは、もう慣れてる。でも、これだけは、絶対に最後までやる!」

 は背を向け、ザギを置いてその場から走り去る。背後から、彼の低い声が呼び止めてきたような気もしたが、絶対に立ち止まってはやらなかった。

「……ザギの、馬鹿野郎」


 ――やりたいようにやれ。お前が楽しけりゃ、それがいい


 あんたがああ言ってくれたから、人前で踊る勇気だって、少なからず生まれたのに。



祭りの由縁と、人と魚人の間にある言い伝えの違い。
ザギの言う“別の話”は、もう少し後で。

◆◇◆

ちなみに踊り手の衣装は、ベリーダンスの衣装を参考にしました。
これぞ踊り子! という雰囲気ですよね。すごく綺麗。
調べると様々な色や形をした衣装があって、そのどれもが可愛くてセクシー。目がキラキラする。
衣装関係に興味がある方は、是非とも画像検索を!

普段は勝ち気で男勝りな女の子が、綺麗な衣装を着てモダモダするのは、絶対に可愛い。


2017.07.24