08(18禁)
ザギの屈強な身体が、覆い被さるように近付いていた。月明かりを反射し、鈍く輝いている灰色の表皮が、少しだけ眩しく感じる。欲望を包んだ低い声で、何もかもが欲しいのだと、真っ向から訴えてきた彼を――拒む術はないし、拒もう等とは不思議と思わなかった。
は腕を持ち上げ、視界を埋めるサメの頭へ伸ばす。
……だが、その時、はたと気付いた。
カッと両目を開き、ザギの頭と胸板へ勢いよく宛がい、力一杯に押した。
「ザギ、ちょっと、待て」
「あ?」
「こ、ここ、そ、外!」
明かりなど必要ないほどに輝く、目映い月光が注ぐ浜辺。
星屑が瞬く夜空と、穏やかな紺碧の海原に見守られた、静謐な浜辺。
美しい情景であったとしても、二人以外の人の姿が見当たらないとしても――つまりここは、遮るものがない、野外なのである。
いくらなんでも、野外というのは。
は恥じらいながらも、小さな声で訴える。だが、ザギはというと、不満げに目を細め、突っ張ったの腕を強引に押し返す。
「だからって、お前は海の中で息は続かねえだろ」
「海の中……」
生活拠点が海中という魚人族は、まぐわう時も海の中で漂いながら行うのだと、ザギは言った。
確かに私では息が続かないので、魚人たちのやり方は出来ないだろう。なるほど、もっともだ。だが、気遣いの方向が、何かおかしい。異種族間における認識違いを、久しぶりに痛感した。
「で、でも、でもさ、もうちょっと、こう」
「――そんな暇、あるかよ」
低く掠れた声には、焼け付きそうな熱がはっきりと滲んでいた。
砂浜に置かれたザギの両手は、ギリギリと音を立て砂を握りしめている。
「少し目を離した隙に、あのザマだ。また掠め取られそうになるのは、ごめんだ」
「う、うう……ッ」
「もう、待つつもりはねえぞ」
ぐい、と身体を寄せるザギから、危険な凶暴性がちらつく。海原において捕食者の立場にある、サメという生き物の美しさと恐ろしさは――ザギも、確かに持っていた。
だが、乱暴な物言いに反し、そこには懇願と焦燥が剥き出しにされている。人間の女くらい捻じ伏せるのは、ザギにとっては指で弾く程度に容易い事だろうに。けして、そうしようとはしない辺りが、少し可笑しく思う。
こいつは、昔からそうだった。どんなにやんちゃをしても、喧嘩をしても、傷付けるような真似だけはしなかった。
伸びてきたザギの手を、は払えずに受け入れる。頬へ重なった彼の指先は、ひやりと冷たく、滑らかな表皮で包まれている。それが輪郭をなぞり、首筋へと下りてゆくと、くすぐったさが込み上げてきた。肩を竦めたの唇の端からは、微かな笑い声がこぼれる。
「ふ、ふふ、こそばゆ……ッわ!」
胸元へ下がったザギの手が、青いブラトップごと、それに包まれた胸へと重なった。
見た目の通りに、手のひらの面積は広く、長い指は男性らしくがっしりとしている。
薄い布地を通り越し伝わってくるその感触に、思わず驚き、女とは違うのだという事を再認識する。
ザギの指が、布地の上から膨らみの輪郭をゆっくりと撫で擦る。不器用げで、無骨な仕草であったが、予想外に優しくては息を噛む。
だって相手は、あのザギだ。まさか、そんな風に触れられるなんて、想像していなかった。
可笑しいような、恥ずかしいような、不思議な心地がの心臓を跳ねさせる。
「……これ、脱がすぞ」
低く呟いた声には、熱っぽい息遣いが混ざっていた。
あっと声を上げた時には、ザギの手が、おもむろにブラトップを掴んでいた。そのまま乱暴に毟り取られてしまいそうな気がし、は慌てて制止を入れた。
「ま、待った! そんな、強くするなよ、破けるから」
「……この恰好、よっぽど気に入ったんだな。俺としちゃ、引きちぎりたいんだが」
ぽつりとあらぬ事を口走ったザギに、は真っ赤な顔で「馬鹿!」と小さく叫んだ。
「踊り手の衣装は、来年以降にも使うって言ってた。切れたりなんかしたら、わ、悪いだろ」
というか、もしもそうなった時、理由を尋ねられた場合が非常に恥ずかしい。とてもじゃないが、胸を揉まれている内に破けましたなどと、すらすらと答えられる自信がない。
しかし、目の前にいるザギは、不機嫌そうに目を細めている。しまいには、握りしめた衣装からキリキリと妙な音が聞こえ始める。
まさか、本気で千切ろうとしているのか……!
は手を振り上げると、べしりとサメの頭を叩く。仕方ないので、自ら衣装を脱ぐ事にした。正面からは、逸らす気が全くないらしいサメの強い視線が注がれているので、背中を向けると後ろ手を回す。それでも、背中に浴びせられる視線は痛いほどに感じられ、恥ずかしさに唸りながら、衣装の留め具を外した。
踊り手の衣装は露出が多く、上半身を守る衣装は、これだけだ。これを取ったら、本当に、上半身から何も無くなる。
そう思ったら、たった一枚脱ぐだけなのに、指先が震えた。
と、その時、背中にザギの手が触れた。それほど時間を掛けていたつもりはないが、どうやら、彼には長く感じたらしい。
手のひらでなぞり、衣装を滑らせるように落とすと、そのまま背後から寄り添う。の背中に、ぴたりと、ザギの広い胸が触れた。待ちわびていたように回った二本の腕が、を抱え込み、再び柔らかい胸へ手のひらを重ねた。衣装が無くなり、肌に直接触れているせいだろうか、余計にザギの手の男性らしさを感じえ、びくりと肩が震える。
「は……柔らけえ」
頭上から、ザギのそんな呟きが聞こえる。その声には、微かな歓喜が滲んでいた。
指の腹で柔らかい輪郭をなぞり、手のひらで円を描く。先ほどにはない仕草に、の頬が熱く染まる。
「やっぱり、お前も成長するんだな」
「な、何がだよ」
「昔は、あんなツルッツルの真っ平らだったってのに」
ザギは感心を口にしながら、手のひらから溢れそうになる二つの膨らみを、柔らかく揉み込む。ザギの指先が埋まるのを見てしまい、意味も無くは慌てた。
「ちょ、ちょっと、そんな強くッ」
「……まあ、でかく成長してたってのは、知ってたけどよ」
……何だか今、聞き捨てならない事を言われたような気がする。振り返ると、すぐ側にあったサメの頭から、悪びれのない言葉を聞かされた。
「お前、いつも遠慮なく背中に乗ってくるだろ」
昔から、泳ぐ時には決まってザギの背びれにしがみついていた。軽快な速度で進むのが楽しかったし、とても便利だったのだが、そう思っていたのは私だけであったのかとはじとりと睨む。
「……スケベか」
「無防備に乗っかるお前が悪い」
ザギはしれっと言い放ち、大きな動きで膨らみを撫で擦った。
その時、偶然だったと思うが、彼の指先が頂きを掠めてゆき――。
「あッ」
静けさに満ちた空気の中に、確かに鳴り響いた音。
ザギは動きを止めていたが、の方も硬直し、手のひらで口を覆っていた。
――何、今の声。
甘く掠れた、高い声音。それは、間違いなく自身の唇からこぼれた声であったのだが、とんでもないものが出てしまったと凍り付いてしまった。
束の間、奇妙な沈黙が流れる。すぐ側から聞こえるさざなみの音色が、場違いに優しく、沈黙の気まずさを煽り立てた。
耐えきれなかったのはで、瞬く間に顔を真っ赤に染めると、ザギへ叫んだ。
「い、い、今のはなし! 忘れろ!」
しかし、背中に貼り付いたザギは、しばらく黙りこくった後。
「……どこだ」
「へ……?」
普段にはない、ずっしりとした妙な重みを含んだ低音が、空気を這った。
その呟きの意味が分からず、が困惑していると――止まっていた彼の手が、突如、動き出す。
「今の声、どこを触ったら出た」
急いた様子の滲む手のひらが、無遠慮に、何度も這い回る。柔らかい丸い輪郭が、ザギの指や手のひらで捏ねくり回され、形を歪められた。
「お、おい、そんな乱暴に……ッあう!」
弄っていたザギの指先が、頂きを捉える。の身体がびくりと跳ねるのを見た彼は、そこだと分かると、指の腹で押し撫で、時折、悪戯に摘まんだ。
痺れるような、あるいは粟立つような、言葉にし難い感覚が駆け巡る。また飛び出しそうになる声をぐっと堪え、手のひらで口元を覆った。
「ん、んん、う~……ッ」
くぐもった音を手のひらの中で響かせると、背後からサメの頭が伸び、の顔の側面で呟いた。
「おい、隠すな。声、聞かせろ」
無理に決まってるだろ! と、叫ぶ事が出来なかったので、代わりに首を横に振った。
だが、ザギは片方の手を胸から離すと、口を覆い隠しているの手を掴んだ。呆気なく引きはがされ、こもっていた吐息が熱っぽく溢れ出る。
「ば、や、止め……ッふぅ……ッ」
文句の言葉が、途中で掻き消される。
じりじりと、胸の先端が痺れ、悪寒めいた感覚に包まれる。両腕を押さえ込まれてしまったので、口元を隠せない。耐えきれず、硬く結んでいた唇が緩んだ。
「ん、う……ッあ……ッ」
「ああ……お前も、そういう声、出すんだな」
耳元で、熱を帯びた低い声が囁く。
馬鹿にしているような響きは、全くない。微かな驚きと、大部分の歓喜を滲ませた、ぞくりとする声色だった。
くそ、ザギだから、余計に恥ずかしいんじゃないか。
は恨めしく睨んだものの、効いている様子はない。低い声でくつくつと笑い、サメの顔を頬へ寄せてくる。慣れ親しんだ、ひやりと冷たい表皮の感触が重なった。それがあやすような仕草に感じ、内心でずるいなと思う。いつもは一緒になって騒いでいるのに、たまに、ひどく年上に感じる事があるのだ。
そのたびにドキッとしていた事は……意地でも、言ってはやらないが。
――その時、砂浜に座り込んでいたの身体が、ふわりと浮いた。
背中に貼り付いたザギが、おもむろにを抱きかかえたのだ。そして、胡座を組んだ自らの膝の上に乗せると、包むように抱きしめ、柔らかな膨らみを大きく揉みしだく。
彼の手のひらで形を歪められる光景が、の眼下に見える。自分のものであるのに、そうだとは一瞬思えなくて――何故だかひどく、厭らしく感じた。
「心臓の音、すげえな」
「ザギだって、似たようなもの、じゃんか……んッ」
背中を預けている、彼の逞しい胸の奥から、同じくらいに大きく跳ねる鼓動が伝わってくる。それを言えば、ザギは当たり前だろと小さく笑った。
「ずっと、想像していた。お前の身体に、こういう風に触る事」
「うう……ッ」
ふと、ザギの片方の手が、滑るように下りてゆく。腰の括れから太股へ続く輪郭を、手のひらがゆっくりとなぞる。ぞわぞわとした感覚に、は息を漏らした。
そして、その手のひらは、ぴたりと閉じた膝を包んだ。
「あ……」
その意図を、ぼんやりと、理解した。
ザギの太い指が、衣装のベルトとスカートに触れる。不器用げな仕草を見ていたら、意外とすんなり、協力しようと思えた。装飾が細やかなベルトを緩め、もぞもぞと身動ぎスカートをずり下げる。
脱がし方が分かったらしいザギは、衣装を掴むと、一息にそれらを奪っていった。瞬く間に、は下着一枚のみの格好にされてしまう。
いやだからさ、もうちょっと、もうちょっとさあ……!
そんな風に、一瞬のうちに全て持って行かれるとは、思わなかった。
静かな海風が横切り、気恥ずかしさに身体を丸めようとすると、頭上から微かに喉を唸らせた音が聞こえた。ハッとなって、下がっていた視線を持ち上げる。獰猛そうな面持ちを宿したのサメが、じっと全身を見つめている事に、ようやく気付いた。
「……、お前」
「な、なに」
「いつも、こういうの、着てんのか」
こういうの、と言いながら、ザギの指が下着を摘まんだ。
大事な箇所しか隠せていないような、面積が小さく、布地も薄い下着を。
ぎゃあ! 忘れてた! は慌てふためき、違う違うと懸命に首を振った。
「お、お、踊り手の衣装はあんなだから、普通のじゃ駄目だろうって言われて……! 別にいつもこんなの着てるわけじゃ……じ、じろじろ見ない!」
「……いや、お前、無茶を言うな。見るに決まってんだろ」
……そんな、真っ直ぐと断言しなくても。
似合わないと言われる方が、まだ救われる気がする。
すると、ザギの指先が、下腹部へと伸びる。薄く小さな下着の上から、秘所をするりと撫でていった。は反射的に両足を立て閉じたけれど、彼の手を挟んだだけで、抑止力にはならなかった。
「ひ、う……ッ」
「は……どこもかしこも、あったけえし、柔らかい。魚人とは、根本的に違う」
溜め息のような掠れたザギの息遣いが、熱く、耳をなぞる。
薄い布地に押しつけられた指は、何度も往復し、時折ひっかくような振動も与えてくる。
他人が触れるような場所では、けしてないはずだ。むずむずして、身体が震えて、恥ずかしさで逃げたくなる。なのに――ザギの大きな身体から、不思議と、背中は離れない。馬鹿みたいに熱い身体を預け、ザギに触れられるがまま、小さく声を跳ねさせていた。
次第に、腹部の奥から、じわりと熱が滲み出す。
困惑して、表皮と盾鱗に覆われた太い腕を、強く掴む。ザギは、少し指を止めると。
「……ちょっと待て」
そういう言って、を寄りかからせたまま、おもむろに羽織っていた衣服を脱ぎ始めた。目映い月光の下に、筋肉の筋がはっきりと読み取れる、引き締まった身体が晒される。そしてザギは、脱いだ衣服を、砂浜の上に大きく広げた。
なんだろうと、はぼんやりと眺めているばかりだったが、その上に抱きかかえられ移動させられた時、意図が分かった。
「ザ、ザギ……? わ……ッ!」
やや強引な仕草で、四つん這いの格好にさせられる。後ろを振り返ろうとするを、知ってか知らずか、ザギは腰回りや臀部に両手を這わせ始める。
「ふ……ッくすぐった……」
「脱がすぞ」
「んん……ッえ?! いや、ちょ……!」
の返答など待たず、ザギの指は薄い下着に引っかかる。そのまま勢いよく下ろされた挙句、爪先から抜き取られ、今度こその身体からは全ての衣類が消え去った。
しかも、この格好。これでは、ザギに向かって晒してしまっているようなものだ。
慌てて手のひらを伸ばしたけれど、ザギの手に軽く払い落とされる。酷くないだろうか。
「ちょっと、ザギ……ひんッ!」
上擦った声がこぼれ、びくりと身体が跳ねる。
今度は下着の上からではなく、直にその指が触れた。
尻たぶを手のひらで押し上げながら、ぬるりと秘裂をなぞる。力が抜けてしまい、上半身だけを伏せたみっともない格好になってしまった。
いくら、昔からの付き合いのある幼馴染みだったとは言え。
さすがにこれは、いくらなんでも、恥ずかしすぎる。
だというのに、ザギは何も言わず秘所に指を這わせ、あまつさえ、秘唇をくっと押し開いた。
はぎょっと目を剥き、一体何をしているのかと慌てふためく。
「なッや、やだ、何して……!」
「いや、ぶっちゃけ人間のここ、生で見るのは初めてだからよ」
そんな理由が、まかり通ってたまるか。
「で、でも、だからって、そんな……!」
「お前、肌色がもとから濃いけど……ここの色、よく分かる」
「ひッ?! や、や、止めろばか! 言わなくてもいい……ッやだ、広げるな……ッ」
足をばたつかせるも、ザギの手のひらがふわりと重なり、押さえ付けられた。
彼にとっては、きっとほんの少し力を入れただけなのだろう。だがたったそれだけで、は足を全く動かせなくなってしまう。
暴かれるように広げられた秘所に、無遠慮な視線が這う。痛いほどに、真っすぐと。
今夜は月明かりも眩しいから、昼間と変わらずに見えているかもしれない。
「ザギってば、ねえ……ッ」
呼んでるのに。何度も、呼んでるのに。
「ザギィ……ッ」
まなじりに、涙が滲む。
しかし、身体は奇妙な熱を帯びて、何か溢れそうな錯覚がしていた。
弱々しい少女のように何度も訴えると、ザギはようやく、言葉を吐き出した。
「……甘えたみてえな声。初めて聞いたなあ」
「ば、ば、ばかァァァァァ」
今、私に言う事は、そんな事じゃないだろ!
猛烈に責め立ててやりたい気分に駆られ、は勢いよく顔を後ろに向ける。
そして、次の瞬間には、後悔した。
ザギがどんな顔をしていたのか知らなかったが、見るものではなかったと、呆然とした。
――やばい、目、いっちゃってる。
爛々と光る両目に、理性らしいものは、見当たらなかった。熱と欲望で染まった眼差しはどろりと溶け、興奮だけに染まったサメの頭部と身体からは、酷く獰猛な気配が垂れ流しにされていた。
完全に、捕食者の顔をしている。
は驚くと同時に、身体をぞくぞくと震わせる。幼い頃から共に過ごしてきたが――こんな表情は、初めて見た。サメという種族に相応しい、危険で恐ろしい、だけど目を惹く奇妙な魅力を、は何故か感じていた。
「ザ、ザギ……あッ?!」
秘唇を広げていた指が、ゆっくりと、狭い入り口を潜る。
はたまらず、眉を顰め、身体の下に敷かれた衣服を強く握りしめる。
たった指一本なのに、この圧迫感。痛いような、苦しいような、言葉にし難い感覚が下腹部から広がり、腰を突き出した格好の恥ずかしさなど何処かに消え去った。
「……しょうがねえだろ、馬鹿にもなる」
微かな自嘲を匂わす声色だった。
「一生、人間と魚人の幼馴染みで良かったはずなのに、やっぱりこういう風に触りたかったし、そういう声も聞きたかった」
抑え込むのも、繋ぎ止めるのも、幼馴染みという言葉などでは全く足りなかった。
ザギは独り言をこぼすように告げ、内側へ埋めた指をゆっくりと動かした。くちゅ、くちゅ、と微かな水音を立てたけれど、それを気にする余裕もない。
「……魚人は、陸の上に惹かれる。呪いのようなもんだ」
呪われたように恋をするの――いつかメルが言った言葉を、ザギも口にした。
は息を乱しながら、薄く開いた瞳で、じっと背面を見つめる。
「それに縛られたくは、なかったんだが……やっぱり、無理らしいな」
ザギはそう言うと、身体を伸ばし、の上に覆い被さった。鱗と表皮で包まれた彼の身体は、冷たいはずなのに、その時は酷く熱を帯びているように感じた。
「――欲しいんだ、全部。他の奴らじゃなく、俺にくれ」
サメの頭が、の金髪へ擦り寄る。彼にしてはらしくない、甘えるような懇願の仕草が、ちょっとだけ可愛くて――胸の奥が、ぎゅうっと苦しくなった。
低い声が吐き出したものは、とても、愛の告白とは呼べない言葉だと思う。女心をくすぐる要素もないし、下手したら横暴とも取られかねない、明け透けな劣情の吐露。だけどそれが、ザギらしく不器用で、飾りっ気無く率直であるからこそ、妙に胸へ落ちてくる。
いつからだろう。いつからそうやって、その顔と心を隠してきたのだろう。
背中にザギの重みと、情欲の滲む息遣いを感じながら、緊張した秘所が解される。そこに指がもう一本入る頃には、溢れた蜜がザギの手だけでなく、自身の太股を伝い落ちていた。
そろそろ膝が折れてしまう、と思っていると――不意に、ザギの手が離れた。背中の重みも遠ざかり、は振り返って窺った。すると、力の入らない身体を抱えられ、くるりと仰向けに寝かされた。
頭上に広がった満天の夜空に、一瞬、目が眩む。しかし、すぐさま飛び込んだサメの頭が、の視界を埋めた。
「そろそろ、いいか」
熱情が滲む両目と低音に、思わず怯む。上手く言葉を紡げなかったが、じっと見下ろすザギの眼差しをきちんと見つめ、小さく頷く。
そうすると、ザギは安堵したような、歓喜したような溜め息をこぼし、の両足を抱えた。少し性急だったが、意外と優しい仕草だったので、それほど怖さは感じなかった。
だが、ザギが履いていた衣服をずり下げ、下半身を露わにした時、は目を見開いて硬直していた。
引き締まった腹部を飾る、見事に割れた逞しい腹筋。その下に生えた二つの小さな腹びれから、押し退けるような勢いで――二本の剛直が、立ち上がり反り返っていた。
……ん?
…………二本??
「え、あ……? そ、それ……」
が不躾なほどにそれを凝視していると、ザギは小さく呟いた。
「……漁師の娘だろ。サメが二本持ってるって、聞いた事くらいあるんじゃねえのか」
サメは魚類の中でも、唯一交尾を行う生き物であり、そして――二本の交接器を持っている。
聞いた事はある。あるが、しかし、ザギまでそうだったとは思わなかった。サメの血を持つ魚人であるから、その辺りも同じだったらしいが……。
は目を見開き、隆起した二本のそれを見つめる。魚人という異なる種族であるからか、色や形状が人間とは違うらしい。全体的に白く赤黒さなどは無い竿、その先端は鋭く尖り、傘が張って膨らんだりはしていない。だが、長く膨張した様は、生々しさと凶悪さがあり、その上……。
「なんか、おっきい……」
「ぐ……ッ」
ザギが一瞬、呻いた。大きな肩がぶるりと震え、耐えるようにギザギザの歯を噛みしめている。
「お前な……そういう……ッ」
「え、だって、そんな……事実じゃんか……」
入るの、それ。しかも、二本。
思わずこぼれた言葉に、ザギは苦笑するように息を漏らすと、抱えていたの両足を引き寄せ、そっと撫でた。
「いきなり二本つっこむような真似は、さすがにしねえよ」
「あ、う、うん……」
そう、だけど。の視線が、忙しなく泳ぐ。
「……怖いか」
「え?」
「人間の男とは違う、こういう身体が」
尋ねる声は、強張っていた。は一瞬呆けたが、すぐに首を振った。
「驚きは、したけどさ。ただ、怖いと思った事は一度もないよ。他の魚人の人たちも、もちろんザギの事も」
でなきゃ、小さい頃からあんなに遊んでいない。
今も、こうして、ザギに身体を預けてはいないだろう。
そう口にしたら、の心も落ち着いてきた。そう、別に、二本あったって、ザギが他人のように怖くなる訳ではない。怯んだ表情が自然と緩み、笑みが浮かぶ。
だから、たぶんきっと、大丈夫だ。
意味も無く、そんな自信が生まれる。いつでもどんと来と胸を叩けば、ザギは頭上で呆れた溜め息を吐き出した。
「もう少し、色気のある言い方をして欲しいもんだな」
いつものぞんざいな口調で笑ったザギは、顔を下げる。もそれに頬を寄せると、唇の端を持ち上げた。
「……入れんぞ」
「ん」
ザギは身体を身動がせ、屹立した自らのものを一本掴むと、の両足の間へと近付ける。濡れた秘所をくちゅりと撫で上げた剛直は、やはり何処か冷たく感じた。
やがて、尖った先端が、狭い入り口に宛がわれる。
「あ……ッ」
両足を抱えるザギの手を、無意識の内に掴む。
そうしてゆっくりと、指とは比べられない質量のものが、の中へと押し込まれた。
「は……ッなんだこれ、あつ……ッ」
「い、いィィ……ッ」
困惑する低音が頭上で響いているけれど、も大混乱だった。
押し広げられた入り口が、焼け付くような痛覚を訴える。二本同時に入れられたのかと思ったが、もちろんそんな事もなく、もう一本の生殖器はの腹の上にずっしりと乗っている。
身を強張らせるを、恐らく気遣わしく思っているのだろう、ザギはゆっくりと腰を進めている。軋むような不穏な音が、身体の奥底で聞こえているのだが、はどうにか耐え――狭隘(きょうあい)なそこを、全て、ザギの存在で埋め尽くした。
「……おい、食いしばるな、息吐け」
ザギは抱えた足を脇に挟むと、両手をついた。その指に、は手加減せずに爪を立てているのに、彼は振り払わず、逆に握り返してきた。
その優しさが、ありがたい。ありがたいからこそ、弱音を言ってはならないような気がした。
「い、いだぐ、ない……!」
「いや、何でそこで妙な男らしさを見せる。説得力ねえから止めろ」
そして強がりは、呆気なく看破された。
滑らかな表皮で覆われた指が、涙の滲むまなじりを乱暴に拭う。それが無性にほっとさせ、のしかめっ面がくしゃりと歪む。
「うう……ッごめ、まだ、動かないで……」
苦しいほどの充足感と痛みを逃そうとし、浅く呼吸を繰り返す。ザギは小さく「おう」と呟くと、上半身を倒してきた。埋められたものがまた少し奥へ届き、ずくりと鈍痛が迸ったが、胸に折り重なった重みが心地よくて。少しだけ、苦痛が和らいだ気がした。
「……悪いな」
呟かれた言葉の意味が、分からなかった。何に対しての、謝罪だろうか。顰めていた瞳を、頭上へそろりと向ける。
ザギは、苦しげな面持ちを浮かべ、震えた吐息をこぼしていた。
「せめて俺が、こんな口でなければな。もう少し、やりようはあるんだろうが」
こんな口、というのは、捕食に対してのみ特化している事を示しているのだろう。
びっしりと生えた、ヤスリのような歯。骨どころか甲羅さえ噛み砕くという咬合力。大きく裂けた、冷たい顎。
見慣れてはいるが、サメという生物の強さを表すその外見は、やはり迫力がある。
「噛み千切るしか能がないなんて、情けないもんだな」
人間にはない凶暴な強さを、その身に持つのがザギなのだから、仕方ない。海の民、魚人とは、そういう種族だ。しかし、そう思ってくれる事を、は素直に嬉しく感じた。
「気にして、ないよ」
身動ぎに合わせ鈍痛がじくじくと走ったけれど、は構わず首を起こす。僅かに浮いた背中を、ザギの大きな手が支えた。
「ザギは、他にできなくても、私が、できるから」
ほら、と。は首を伸ばし、サメの顔へと唇を寄せる。
人の肌とは、およそ異なる表皮の感触が、唇の上に重なった。
ザギは一瞬、面食らったように動きを止める。鋭い両目を緩ませると、そうだなとたった一言、小さく呟いた。だが、の身体を隙間なく抱きしめる腕は、何よりも雄弁であった。は小さく笑い、大きな肩に額を押しつける。
その時、先ほどはまでは気付かなかった匂いが、の鼻腔をふわりと掠めた。
「……ザギ、良い匂いがする」
「……良い匂い? なんだそれ」
「美味しそうな、匂い」
途端、ザギは肩を揺らすと、這うような低音を吐き出した。
「…………それは、魚のすり身的な事を言ってんのか? ああ?」
「ふ、くく、そうかも」
ああ、でも。それだけじゃなくて。
「あとは……海の匂い、かな」
幼い頃から慣れ親しんだ、潮風の香り。
憧れて止まない、水泡(みなわ)とさざれ波、鮮やかな青に満ちた、海の香り。
――私が、一番好きな匂いだ。
「……なあ、動いて、いいよ」
目一杯に内側から押し上げる剛直は、腹部の奥底を満たし、苦しいほどに存在を示している。ザギは動かないでいてくれるが、本当はどうしたいのか、何かを必死に耐える息遣いが告げている。
最初と比べればましになったものの、鈍痛が消え去ったわけではない。だが……少しくらい、我慢できる心は、あるつもりだ。
「私は、これでもさ。あんたにされる事なら大抵、なんでも許してるよ」
口は悪いくせに、行動の全てがその真逆を向く、不器用で優しいこのサメに。
今も昔も、一つも拒むものはない。
「……馬鹿だな、お前は」
「む、すぐそういうこと――」
口にしようとした言葉は、途中で消え去った。
冷たく硬いサメの口が、唇に押しつけられた。
何て事はない、単純に、単調に重ねるだけの仕草。それでも、それが彼なりの――。
の顔に驚きが広がった、直後、ザギは抱きすくめた身体を下ろし、両足を抱え直した。
そして、揺するように、腰を小さく突き出した。
一瞬でぶり返した鈍痛に、はぎゅっと眉を顰めたが、耐えられないものではないなと思った。とん、とん、と淡く与えられる振動は激しくもなく、ごく単調で、意外すぎるほどに穏やかなだった。平素のザギを思うと、逆に少し可笑しく感じるくらいだ。
それに。
「く、は……ッあ……ッ」
普段ならば絶対に聞かせてくれないだろう、熱っぽい苦悶を滲ませた低い声と息遣いが、頭上から下りてくる。
ザギもそのような声を出すのかと、驚きを覚えると同時に、私のような人間の女でもそうなってもらえるのだと、確かな喜びも感じていた。
それを思えば、痛みくらい、耐える価値は十分にあった。
次第に、初めて異性を受け入れた身体が、熱を帯びて微かに疼く。やがてザギは大きく腰を前後させ、低く呻いて精を吐き出した。やはりそれも温度はなかったけれど、にはそれが、ひどく熱く思えてならなかった。
しばらくの間、ザギは呼吸を整えるように広い肩を上下させ、埋めていたものを静かに抜き取った。ゆっくりと遠ざかってゆく感覚に、背中が戦慄く。押し広げられた形と、満たしていた異物感は、残されたままだ。忘れかけていた羞恥心が、の中に蘇る。
でも、うん。ザギが無事に、その、イッてくれたし。
初めてにしては、けっこう私、頑張ったんじゃないだろうか。
魚人どころか異性との行為なんてよく知らないし、これが正しかったのかどうかも分からないが、ある種の感動があった。仰向けに寝そべった身体を弛緩させ、安堵の溜め息をこぼす。
ザギはどうだろうかと、そっと窺う。彼は――力の抜けきったの足を、再び抱え上げていた。
「な、ザ、ザギ? わ……!」
仰向けになっていた身体が、横向きに変えられる。そして、がばりと、大きく片足を開かれた。
「な……ッ! や……ッ」
今し方、彼を受け入れていた場所に、再び硬い感触が添えられる。
驚いて顔を向けると、まったく気勢の衰えていないザギのものが、ぬるりと這っていた。
だ、だって、さっき、ええ……?!
おろおろとするの頭上で、不意に、ザギが笑った。
「頑張ったって顔してるところ、申し訳ないけどな……まだあと一本、残ってる」
告げた声は、疲労感はなく、むしろ先ほどにも増して――凶悪なほどに昂ぶった欲望が、滲み出していた。
はびくりと身体を震わせ、ザギを見上げる。
月明かりの優しい白さを、焦がすような獰猛な眼差し。薄く開いた頤(おとがい)からは、まだ満足していないとばかりに、荒い息がこぼれていた。
疲労した様子が、全く、見当たらない。
「だ、だって、さっき、二本は突っ込まないって」
「一度には、な。それに、一本しか使わないなんて、俺は言っていないぞ」
そういえば、そうなんだけど!
「……さっきの、お前の中。すげえ熱くて、気持ち良かった」
こっちにも覚えさせてくれと、ザギは露骨な欲望を剥き出しにし、持ち上げた片足をしっかりと抱える。そして、無防備に晒されている秘所へ、もう一方の剛直をぐんっと突き入れた。
混ざり合った蜜と精が押し出され、の中から溢れ出る。
「あ、ああ……ッ!」
先ほどよりも、苦しく満たされる。律動も、それまでとは打って変わって、身体が大きく揺らされるほどに激しい。
ザギの指が、広げられた秘所へ向かい、膨れた花芯を撫ぜる。途端に走った痺れに、意思とは関係なく声が甘く溢れた。
「う、んッあ、あ……ッ!」
「は……ッさっきよりも、中、すげ……ッ」
最奥まで抉るように腰を押しつけ、ザギは陶然とした低い声をこぼす。
気付けば、先ほどまでの中に入っていたものは、硬く屹立し力を取り戻している。前後する律動に合わせ、の腹部に擦り付けられていた。にちゃりと、粘着いた音が聞こえてくる。
身体が熱い。爪先から天辺まで震える。何だろう、これは。
先ほどまではなかった未知の感覚に苛まれ、顔を隠すように突っ伏す。そうすると、身体を揺さぶりながら、ザギが頭を下げてきた。
「、顔、見せろ」
「やだ、やだ、ぜったい、へんなかおしてる」
「いいから、見せろ。俺を見ろ」
「だ、だめ、だめだってば……ッあ!」
うつ伏せになろうとしていた上半身が、再び夜空を仰ぐ。腕に押しつけ隠そうとした顔は、月明かりを浴び、ザギの前に晒されてしまった。
途端、頭上から見下ろすサメの顔に、歓喜が広がったように見えた。
「……溶けたみてえな顔。いいな、そそる」
「ば、ば、ばかたれェェェェ!」
手を持ち上げようとしたが、下に敷いた服を掴むのに精一杯で上がらなかった。
明らかに先ほどと違う熱さに包まれるを、ザギはひどく嬉しそうに、あるいは見惚れるように笑う。その外見に相応しい、凶暴な仕草で。
全部くれと、言った通りに。
本当にこいつ、全部持っていこうとしている。
声も、仕草も、恥ずかしいものも――知らない事など、無いようにと。
「――」
律動を繰り返しながら、ザギの手がの顔へ伸びる。の身体に触れていたせいか、冷たい手のひらが、今は僅かに温かいように思える。
汗ばむ頬をなぞり、額から髪を払う。そして、まとめ上げていた髪に指を差し、髪留めを取り外した。形が崩れていたのだろう、あっさりと髪は解け、乱れたまま広がった。
眩しそうに、ザギの目が細くなる。
「綺麗だなあ、お前は」
飢えた声のまま告げた言葉は、危うげに響いた。
「綺麗で、美味そうで――噛み付いてやりたくなる」
ガチガチと、鋭い歯を鳴らす。真に迫った声色のせいか、あまり冗談には思えなかった。
そういえば、サメの交尾は激しく、雄が雌の身体をめちゃくちゃに噛むと言っていたような……。
さすがにそれはしないでくれよ、と息を漏らし念を押す。ウミガメの分厚い甲羅だって噛み砕くような、力の持ち主なのだ。では、その相手は到底務まらない。
「さすがに、本当に噛み付きはしねえよ。でも……ッく、やっぱり種族柄、そうなんだろうな」
「ん、ふ……ッ! そ、その辺に転がってる、木の枝とか、噛んどく……ッ?」
の提案に、ザギは胡乱げな表情を浮かべた。そうだよな、いくらなんでも。さすがにそれは無粋であったかと、は揺すられながら反省する。
「まあ、でも……噛みはしねえからよ、一回だけ……フリだけ、させてくれ」
顔を寄せたザギは、の目の前で、口を開いた。ギザギザの歯が並んだ腔内は真っ暗で、光のない洞窟のようである。そうして彼は、の丸い肩へ、ぱくりと食らい付いた。
もちろん、本気で噛んでいるわけではなく、甘噛みのようなものだろう。しかしそれでも、鋭い歯は僅かに肌へ当たり、ちくちくとした感触が広がってゆく。もしかしたら、少しだけ、痕が付いたのかもしれない。
「ん、も……ッ痛いよ、ばか」
「悪いな」
「ぜったい、悪いなんて、思ってないくせに」
文句を言いながらも、はザギを退かさなかった。
口を離し、肩を見つめるザギは、獰猛な欲望ではなく、蕩けた愛しみを浮かべているのだ。
痕が残ったとしても、きっと翌日には消えて無くなっているような、淡い痕だ。そんなものに、ザギは、何かを見出しているのだろうか。海の民の、文化か、それとも。分からないが、そんな表情を見せられてしまったら、押し退けるだなんて出来ないだろう。
の心臓が、ドクリと苦しげな音を奏でる。その瞬間、奇妙な昂ぶりが噴き出し、背筋がしなった。
ザギは唸るように声を漏らし、持ち上げていたの片足を下ろす。二つの足を束ねると、空気を叩くように跳ねていたものを、合わせた太股の間にねじ込んだ。
屈強な身体を倒し覆い被さると、激しいばかりの律動を繰り返す。背びれの生えた背中は震え、その向こうでは鋭い尾びれがもがくように振れ、浜辺の砂を抉っていた。
急き立てられたような衝撃は、全て、へと与えられる。何か大きなものがきそうだと、危うい予感がした。
やがて、折り重なった彼の身体が大きく震え、張り詰めた呻き声が耳元で響く。胎内の最奥と太股の間で、剛直が脈打ち、白い奔流を吐き出した。その飛沫は、の中を染めるだけでは終わらず、太股と腹部、そして胸元にまで飛び散った。
それを全身で感じたも、白く弾けるものを確かに感じていた。
舞い戻った静寂に、二人分の荒い息遣いが響き渡る。
身体の芯まで震えるような衝動はどうにか治まっていったけれど、頭の方は未だぼうっとしている。肌を滑り落ちる白い雫を拭わずに、力の抜けきった四肢をザギに預けていた。
しばらくすると、のし掛かっていたザギの身体が、緩慢な動作で起き上がった。そして、くったりと横たわるを太い腕で抱き起こし、膝の上に抱えた。
「ん……ッ」
の胎内にはまだザギが入っていたので、達してもなお存在感のある質量が、少しだけ奥を抉った。掠れた声がこぼれてしまったが、ザギはを覆うように抱きしめると、金色の髪と頭を撫でた。
その無造作な仕草が心地よくて、は安堵し寄りかかった。
胸も、腕も、背中も、一人を支えるくらいは何の問題もない、立派な逞しい身体。出会ったあの頃から変わる事がないなんて、あるはずがなかったな。子どもだったのは、きっと、自分の方だ。
しかし、変わってゆくという事を真に理解したからこそ、考えてしまう。これからは、どんな風に、彼を呼べば良いのか。
喧嘩仲間ではなく、もっと別の呼び方をしても……良いのだろうか。
夜が深まった静謐な浜辺で、互いの身体を抱きしめ合う。顔を上げると、自然と眼差しがぶつかり、どちらかともなく顔を寄せた。人間の唇と、サメの口の先端を、押しつけ合うだけの口付け。端から見れば不格好そのものだし、もしかしたら口付けにさえ見えないだろうが――ゆっくりと交わすその時間は、些細な事を忘れさせるほど、甘く優しかった。
◆◇◆
生まれた時から、童歌のように、何度も聞かされてきた事だ。
同胞から。顔見知りから。そして、肉親から。
「私たち海の民は、陸の上に恋をする。どんなひとも、必ず」
そして今は、遠く離れた名も知らぬ海を渡って来た、赤い鱗の人魚から。
最果ての海に限らず、どの海で暮らしていようと、この“ある種の呪い”は魚人たち全てに等しく宿る。
この美しい人魚の娘にも――もちろん、俺も。
陸の上の連中は、きっと知らない真実だ。
自分たちが生きられない場所、あるいは遠く未知の世界に思いを馳せるのは、どの種族もきっと変わらない。だが、魚人族ほどその傾向が強い、いや強すぎる種族はないだろう。
そもそも魚人族は、陸の上とは隔絶された、海原という世界でのみ暮らしてきた。水から離れられない生態上、他種族と交流をする機会がほとんどなく、異種族同士が手を取り合うようになった時代から一歩どころか百歩も出遅れたという。だから未だに、鳥獣の種族と比べ、魚人族は陸への進出が難しいのだと。
そういう風に聞き及んでいるが、別の理由が存在している事は、本当は多くの魚人たちが知っている。
鳥獣の種族と比べ、あまりにも特異な外見を有している魚人族。何らかの水禍(すいか)が起こるたび、その全ては異形の魚人たちのせいにされてきた。海原を支配し、その海域を通るものに厄災をもたらす、魔物の種族だと言われた事もあるそうだ。度し難い話だと、遙かに年上の魚人たちが、嘆息をこぼしていた。
そして決まって、異形の魔物、あるいは化け物と呼ばれてきた我らを受け入れてくれた陸の人々がどれほど希有な存在なのかと、感謝を口にするのだ。
実際、この最果ての海には、余所の海域から長い時間をかけてでも泳いでくる魚人たちがいる。魔物と扱われる事もなく、捕らえられる不安もなく、のびのびと過ごせる唯一平穏な海。そんな風に外では語られ、有名なのだそうだ。
幼い頃、家族と必死の思いでやって来たメルが、その一人であったように。
対等に接してくれる最果ての町の人々を、けして傷付けたり、蔑ろにしてはならない。祖先たちのように、心優しくあれ。
それが、この海に住む魚人族の総意であり、けして違える事のない掟だった。
――正直、どうでも良かったのが、ザギの本音だ。
いや、むしろ煩わしいと思う事の方が、圧倒的に多かっただろう。(そんな事を口にすれば、サメの中でも一目置かれる父親に半殺しにされるので言わなかったが)
万人に優しくするほど出来ていないし、古い言い伝えなどにも縛られたくはない。この海しか知らない身であるが、魚人族の立ち位置がどういったものかは、物珍しそうに好奇の眼差しを向ける“海凪の精霊祭”の観光客を見て知っている。昔とやらがどれほど前の事か知らないが、今とそう変わってはいないだろう。
実際、そう呼ばれるだけの一面も魚人族は持っているのだから。
ただの、子どもであったのだと思う。特に理由などない、気に入らないから従いたくはない、反発する事に躍起になる、クソガキであったのだ。
「受け入れてくれるひとがいるのは、とても嬉しい事。なのに、それを傷付けるなんて、ザギは最低よ」
サメという種族の中でも、大柄な部類に入る自分に対して、この堂々とした態度。普段は朗らかで明るい、無邪気な性格なのだが……さすがは、折り紙付きの人魚の娘だ。
今でこそ一介の人魚として暮らしているメルだが、生まれ育った別の海域では、メルの母親は女帝として君臨していたらしい。魚人には地位や血統といった概念は全く無いが、人間の感覚で言えば、彼女は“由緒正しい王の血族”という事になる。
わざわざ告げる必要がない事なので、町の人間たちはおそらく知らない。もちろん、メルが心から慕っているも。
それとも、過去に受けた不条理から生まれた、強かさなのか。あどけない美貌に反し、メルはきっと同年代の誰よりも――現実を知っている。
この海しか知らない、自分よりも遙かに、だ。
「踊り子の衣装は、海の精霊に嫁いだ、人間の女の子の象徴。でもザギの事だから、古い言い伝えのせいじゃないんでしょ?」
と久しぶりに本気の言い争いをした、その原因を、メルは理解していた。
「綺麗な衣装で着飾ったを、他の人たちに見られるのが嫌なんて。本当、ザギったら馬鹿ね」
「……うるせえよ」
低く声を唸らせたが、メルは怯まない。昔はわりと臆病な部類だったが、今ではそんな影も見当たらない。の男勝りな性格に、少なからず寄った部分もあるのだろう。
「……は、何故か自分に自信が持てないみたいなんだけど、私は……が時々、同じ人魚に見えるよ」
美しい情景を振り返るように、メルはたおやかに微笑んでいた。
「って、人間なのに、泳ぐのすごく上手だよね。太陽の光を溶かしたみたいな金色の髪を、海の中で揺らして、とっても綺麗。にひれがあったら、きっと、凄く眩しい色をしてるんだろうなあ」
有りもしない夢想を語るメルを、何故か、笑い飛ばせなかった。
「ザギだって、そう思ってたくせに。私からしたら、すごく分かりやすかったよ」
「……」
「いつまでも、自分だけのじゃないよ。祭りの本番になって、綺麗に踊るを見て、本当はすごく綺麗で素敵な女の子なんだってみんな気付く。誰かに捕られちゃったって、知らないんだから」
を傷付ける事を良しとしない思いやりだけではなく、発破を仕掛けたつもりでもあったのだろう。あまりにも分かりやすくて、後から笑いが込み上げた。
メルに言われずとも、分かっている。
海の世界にはまずない、目映い金色の髪を揺らして泳ぐが、昔から一等美しかった事も。その姿を下手くそと笑って誤魔化しながら、追いかけていたのは自分の方であった事も。
全て、自覚している。
海の生き物が陸の上に惹かれるという、あまりにも不毛な、呪いじみた魚人族の宿命。自分はそうなるまいと否定してきたザギにとって、それこそ、度し難い話であった。
という陸の民の娘に、いつから、恋をしていたのか。
陸の漁師を父親に持つは、その育った環境などもあってか昔から男勝りで、非常に接しやすく親しみが持てた。異種族同士なのに居心地が良くて、何を言っても笑うし、軽快に反応する。挨拶のように交わす言い合いも、ザギは楽しかった。
惹かれていたのは事実だが、そこに男女の感情は持ち込みたくなかった。
魚人族の呪いを認めてしまう事より、その居心地のいい関係を壊してしまう事の方が、恐ろしかったのかもしれない。
年を重ねるごとに、その恐怖は増した。
少年のように駆けずり回っていたは、いつの間にかすっかりと柔らかな身体つきになり、青い目と金色の髪が眩しい凜とした美しい女になった。
対してザギも、背格好の変わらなかった幼少期から劇的に成長し、の背丈を軽々と超え、膂力なども増し、荒波を泳ぎ切るサメという種の強さを持つようになった。
その頃にはもう、が“女”にしか見えなかったが、救いだったのは彼女の男勝りな気質が一切変わらなかった事だろう。
友人、あるいは幼馴染みとして、何食わぬ顔で彼女の側で過ごしてきた。それでいいと、思っていたのだが……。
目映い明かりで照らされた浜辺に響く、聞き慣れた囃子の音色と、踏み鳴らす踵の音。詰め寄らんばかりに集まった大勢の観客が、曲調に合わせ手拍子を叩き、身体を揺らす。
そんな中、たった一人だけ、ザギは静けさの中に取り残されていた。
共に見上げてきた舞台に上がったは、らしくもなく見惚れるほどに美しかった。鮮やかな青に染まった衣装や、しなやかな四肢を飾る装飾品に、全く負ける事のない煌びやかな存在感。どの踊り手よりも、は目立っていた。
華やかな笑みを浮かべ、衣装を翻す彼女の姿は、長く過ごしてきたザギでさえ初めて見るものだった。心の底から楽しみ、踊りを踏んでいるのだろう。
――興奮した。
瞬きすら忘れ、その一挙一動を見つめ、大勢の観衆の中で喉を鳴らして欲情した。
だが、あの姿のを、他の男たちも見ている。町の人間たちどころか、見知らぬ観光客、果ては――同胞の魚人たちですら。
(――ふざけんなよ)
己ではない他の男がの隣に立つ光景を想像し、苛立ちと、どうしようもない嫌悪感が過ぎった。
水から離れられない以上、根本的に生きる世界と種族が異なるザギ自身も、遠ざけられるべき存在であるのに。他の男が近寄る未来は、耐えられるものではなかった。
興奮の中に滲み出す獰猛な本性が、瞬く間に全身へ広がってゆく。その時に、痛感した。彼女の存在は、自覚していた以上に深いところにあったのだと。
――なのだが、こいつときたら。
膝の上に乗せ、腕の中に閉じ込めたは、うつらうつらと舟を漕いでいる。そりゃあまあ、無理はさせたかもしれないが、大した度胸である。長い付き合いだが、相手はサメだというのに。
ザギは呆れたように笑ったが、信頼しきって身体を預けるの重みを、心地よく感じていた。落とさないよう、離れないようしっかり腕を回すと、は力の入らない指先で縋ってくる。何の脅威もない、細くて頼りない、魚人とは全く違う指。
――私は、これでもさ。あんたにされる事なら大抵、なんでも許してるよ
ぶん殴られ、軽蔑される覚悟は、していたつもりだ。なのに、ときたら、無防備にあんな言葉を口にした。
懐が広いのか、それとも、単純に考えなしなのか。
もっとも、その言葉に安堵ではなく意地汚い欲望を抱く辺り、自分も大概であるとザギは思う。一度、二度、抱いた程度で満足できない上に、さらに求めようとするなど。
……仕方がない。“これ”を知ってしまった以上は、さすがにもう“幼馴染み”として振る舞うのは不可能なのだ。
魚人とは違う、滑らかで香り立つ、温かい肌。
どこもかしこも柔らかい、女らしくむっちりとした身体。
火傷したのかと錯覚するほどに、熱く迎え入れた、狭い胎内。
全く迫力に欠ける睨んだ目も、甘ったるい声も、縋る手足も、破瓜の甘い血の匂いも――全て自分だけが知っている、抗い難い歓喜。
他の誰かに、渡すつもりはなかった。
鳥が空を求めるように。獣がつがいを求めるように。魚は、陸の上に想いを馳せる。
町中で獣人の青年を嘲笑ったが、ザギとてそれを馬鹿に出来ない。結局、同じ穴の狢なのだから。
(……はたぶん、知らねえんだろうな)
祭りの夜に披露される、歌と踊り。
海の精霊に得意の踊りを捧げた陸の少女と、そんな彼女に恋をした海の精霊にまつわる、古い伝統であると広く伝えられているが、あれにはもっと別の、全く異なる見解のものもあるのだ。
海の精霊とは、当時の魚人族の事であり、そして少女とは、魚人に一目惚れされ花嫁として要求された、哀れな生け贄であったという――忌み嫌われた、血生臭い一説が。
所詮は言い伝えなので、どれが正しいかなど誰にも分からないし、この最果ての地の伝統が変わるわけではない。
だが、感謝はしてみても、良いのかもしない。
一目惚れした女を得るためなら手段を選ばなかった、貪欲な精霊とやらのおかげで、この海は陸地と関係を持った。回り巡って、現在、と共に泳げるのであれば――悪くはない事なのだろう。
途中までは色っぽく進んでいたけれど、やっぱりこの二人は騒がしいのが似合う。
Hシーンでも賑やかな二人が可愛いなと、再確認する作者(※力出し尽くして放心)です。
◆◇◆
サメのアピールポイント=生殖器二本は、絶対外せないと思ったから、全力で書きました。
いち人外ファンとして、無視なんて……できねえよ……!
そんな心です。
ちなみに実際の生態とは少々違い、ファンタジーで柔らかく包んでるところもありますので、あらかじめご了承下さいませ。
2017.09.09
Hシーンでも賑やかな二人が可愛いなと、再確認する作者(※力出し尽くして放心)です。
◆◇◆
サメのアピールポイント=生殖器二本は、絶対外せないと思ったから、全力で書きました。
いち人外ファンとして、無視なんて……できねえよ……!
そんな心です。
ちなみに実際の生態とは少々違い、ファンタジーで柔らかく包んでるところもありますので、あらかじめご了承下さいませ。
2017.09.09