02

 それは、新しい一週間が始まった、矢先の事であった。

「……ウル?」

 ウルの様子が、何か、おかしい。

 マグカップにへばりついている黒い毛玉スライム――もといウルの動作が、いやに緩慢で、ぎこちなく感じた。

 と、いうか、その動きは……。

「……ねえ、ウル。それ、マグカップ食べちゃってない?」

 がそっと尋ねると、ウルはしばらく不思議そうにしていたが、弾かれたようにマグカップから飛び退いた。
 ごろり、とテーブルの上で転がった白いマグカップは……上半分ほど、消失していた。
 割れた食器については、片付けと称してよく取り込んでいるが、ひび割れのない綺麗な食器までそんな風に扱う事は無いはず。
 その時点で、何かおかしいなと感じてはいたのだが……寝ぼけてしまっていたとお茶目に振る舞うウルに、は深く考えたりはせず、小さく笑って済ませた。


 しかし、それ以降も、ウルの奇行は止まらなかった。
 次の日にはガラスコップが溶け、またその次の日には盛り付けた料理ごと小皿が溶け、フォークとスプーンまでも一本ずつ消失している。
 “そして誰も居なくなった”なんていうサスペンスの展開かと、最初こそ笑っていたが、連日続いてしまうとそうも言っていられなくなる。

 何かの前触れかと怪訝に思うに、やがて、最悪の事件がもたらされる。
 ウルの極上の真ん丸ボディが、激変してしまった。
 魅惑のもちもちボディは、空気の抜け掛かったボールのように潰れ、猫の尻尾を思い出す柔らかい触手は、中綿を引き抜かれたぬいぐるみのようにへたってしまったのだ。

 疑うまでもないその不自然さを前にし、毎朝の日課であるもちもちタッチ(ウルのボディをもちもち揉む事)は、さすがに出来なかった。

「ど、どうしたの。具合が悪い? 何かあった?」

 カーペットの上で潰れ掛かっているウルを、慌てて抱きかかえる。普段よりも触手の動きが鈍く、ふわもちボディの弾力も弱々しい。ブヨブヨしてしまっている。

「ウル?」

 不安を隠せないの手首に、ウルの触手が弱々しく巻き付いた。大丈夫だと告げるように、の手の甲を、触手の先端がゆっくりと撫で擦る。

 ウルに、“顔”と呼ぶべきものは存在しない。黒い毛皮に万遍なく包まれた真ん丸の球体ボディに、表情というものは何処にも見当たらない。けれど、短くは無い時間を、共に過ごしている。このスライム系異星人の様子を多少なり読み取るくらいは、今のにも可能だった。

「大丈夫そうには、あんまり見えない。こないだから可笑しいよ」

 けれど、ウルは心配するの腕の中から抜け出し、キッチンカウンターへと飛び跳ねていく。早く朝ご飯を食べて仕事に行っておいで、とばかりに触手を振った。

「……分かった。食べるけど……ウル、無理したら駄目だよ」

 中綿が抜けたような触手が、頭上で弱々しいマル印を作る。
 本当かなあ……。
 少し疑りながらも、その日も結局、普段通りに出勤した。




 ――しかし、抱いた不安は、徐々に大きくなっていった。

 彼のその不可解な様子は日毎強まっていき、仕事を終えて帰宅したこの日の夜――ついに、ウルが溶けた。
 溶けたと言っても、液状化したとかそういう事ではなく、空気の抜けかかったボールから座布団へと変貌してしまったのだ。

 ああ! 魅惑のふわもち感触が、ぺらんぺらん! なんか触手まで、ぼそぼそしてる!

 これは、いよいよもって不味い。異星間交流を深める我々の間に、とんでもない大事件が発生した。
 は鞄を放り投げ、帰宅した格好のままウルのもとへ駆け寄り、両腕で抱きかかえる。彼はもぞもぞと身動ぎをし、球体になろうとしてはいるものの、あまり上手く出来ないらしく、やはり潰れかかったボールにとどまった。

 これはもう、ただ事ではない。

 初めて見る姿という事もあり、一体どうしたのかと狼狽に暮れるばかりだった。

「ど、どうしよう……と、とりあえず、病院に行こう。異星人向けの病院も、確かあったから」

 がそう告げると、ぴくり、とウルの身体が反応する。

「明日は、バラのジェラート食べに行く約束だったけど、遠出なんてしてる場合じゃないし。また次の機会にして、病院に行こう」

 明日が約束の日ではあったが、植物園もジェラートも逃げるわけではないのだから、また別の日で良い。まずはこの、明らかな不調にあるウルを、助けなくては。

 が急いで病院を探そうと決めたその時、抱えていたウルが、つるりと腕の中から逃げ出した。

「え? ちょ、ちょっと、早く行かないと」

 再び、は手を伸ばす。しかし、ウルはずいっと身を引き、距離を取った。まるで、触れる事を拒むような仕草だ。

「まさか……行きたくないの?」

 弱々しい姿のまま、ウルは身体を揺らす。それはつまり、肯定の意だ。
 何を言っているのか、この毛玉スライムは。は絶句した。
 この状態で、行きたくないなんて、変な駄々をこねている場合ではない。人間と異星人は身体の作りからして異なるし、もしかしたら、人間には想像も出来ない大病の前触れかもしれないのだ。

 そんな事言ってないで早く行くよ、と何度も言い募っても、ウルは聞き入れようとしない。頑なに、本当に頑なに、動こうとしなかった。
 温厚なウルが、ここまで片意地を張るのも珍しい。その不調は、もしや病気ではなく、もっと別の理由でもあるのだろうか。

「ねえ、だったら、少しくらい理由を――」

 教えてくれても良いだろうと、は半ば強引に手を伸ばした。
 その瞬間、ウルはこれまでになく大きく飛び跳ねると――黒い触手を鞭のようにしならせ、手の甲に向けビュッと打ち下ろした。


 ――バシリ、と叩かれる音が、部屋に響く。


 は手を伸ばした格好のまま、僅かな間、驚愕で唖然とした。
 それは、あまりに明瞭な、拒絶であった。
 表情を凍らせ動きを止めたの足下では、何故かウルも同様に硬直していた。表情と呼ぶべきものは何処にも無いから、実際、彼がどう思っているのかは読み取れない。けれど、自らの行為に呆然としているような、そんな気配が漂っていた。

 触手を身体へ戻しながら、真っ黒な毛玉スライムが、小さく後ずさる。
 そして、弾丸の如き速度で、の横をすり抜けた。

「あ、ウル!!」

 ベランダの引き戸の前に到着した黒い毛玉スライムは、乱暴に戸を開け放ち、その向こうへ勢いよく飛び出してしまった。
 は慌ててその後ろを追い、ベランダへと走る。たったの数秒遅れだったというのに、もう既にそこにはウルの姿が見えない。涼しい夜風が、虚しさと共に吹き付け、の髪を煽った。

「え、えェェ……ッ?」

 そこは、私が逃げ出す場面じゃ、ないのかな……?

 の口から滑り出るのは、呆然とした細い声ばかりだった。


◆◇◆


 等間隔に並ぶ街灯と、建物の照明などで目映く彩られた夜の町中には、人の姿は未だ多い。これから飲み会か、あるいは二次会か、上機嫌に笑う人々の横を、は息を乱しながら駆け足で通り抜けた。

 さすがにあの不可解な状態に陥ったウルを放っておくわけにもいかず、ベランダから逃亡した彼を探しにもすぐさま外へと出てきたが……住居であるマンション周辺にその姿はない。範囲を広げて探し回ってみても、あの黒い球体が見つかる事はなかった。

 それもそうか、真っ黒だし。

 この夜の時間帯では、あの体色ではそもそも判別は難しい。その上、あの三十センチ前後の球体サイズ。物陰に潜まれたら、それだけで探し出すのは相当な困難を極める。

 ウル曰く、外界の危険から本体を守るという、防護膜。黒などという地味な色ではなく、もっと毒々しいまでに存在感を放つ発光色だったら良かったのに。

 そんな悪態を思い浮かべながら、はしばらく歩き続けてみたが、一向に彼の姿を見つける事は叶わない。歩き続けていた足はついに立ち止まり、膝に手を置くと大きく息を吐き出した。

 空気の抜けたバスケットボールだったのに、その挙動は予想外に俊敏だった。具合が悪いはずなのだが……逃亡するだけの余力はあったのか。それとも具合が悪いのではなく、もっと別の理由なのだろうか。
 考えたところで、に答えなど分かるはずもない。

「もう、何だってのよ……ウルの馬鹿」

 ――でも、もしかしたら、本当に病気かもしれないじゃない。
 不安な呟きは、少し肌寒い夜の空気へと溶けてしまう。日中とは異なる静けさが押し寄せ、はぐっと唇を結んだ。

 ――叩かれたのは、初めてだった。

 痛みなど無かったし、怪我を負わされたわけではない。そしてそれに傷つくような、柔な精神構造もしていない、と思っている。
 けれど――心への衝撃は、存外、大きかったらしい。
 思わず叩いてしまうほどに、彼は不愉快に思ったのだろうか。
 具合が悪い彼の手助けを、したかっただけだ。けれど、良かれと思ったお節介が、何かウルの気に障るような事だったのかもしれない。

 日々、ウルの事を理解しようとしても――結局のところ、は彼の種族についてほとんど無知なのだ。

 彼の身に何が起きているのかも知らず。
 困っている彼の手伝いすら、何も出来ず。

 本当に――情けない。

(――初めて出会った時も、そうだったのにな)

 何も、変わっていないのか。私は。




 毛玉スライムな異星人であるウルと、ごく平凡な人間である
 見た目からして奇妙な取り合わせの二人だが、出会いについては、そう特別なものではなかった。
 の勤め先の会社の、システム関連業務の担当の一人として、ウルがやって来たのだ。
 コンピューター関連の相談だったり、設備や端末の点検補修を担う彼は、デスクフロアではなく電機設備が集まる倉庫が主な仕事場だった。

 異星人が隣人となってから、彼らが企業へ参入する事も少しずつだが増えてきた。異星人が持つとされる技術や身体能力は極めて高いと評判で、受け入れる試みの輪が少しずつ広まっていると、もっぱら噂されている。
 一方で、多種多様な異星人が厳しい審査の末に出入りするようになったとしても、やはりその突出した才や身体能力に恐れる声も少なからず上がっており、ほとんどは監視の目の届く国の専門機関に属するという。
 後から知ったのだが、ウルはあの見てくれで非常にコンピューター関連が強く、国のそういった専門機関から依頼を受けたり、建物に出入りする事があるとか何とか……。にも関わらず、平凡な中小企業にわざわざやって来たのは、地球の見聞を広めるためだったそうだ。さすがの、好奇心旺盛ぶりである。

 うちの会社もこれからは異星間交流を深めていくのかと、も多少はわくわくしていたが、それだけだった。これといった感想もなく、取り立てて日常の変化もなく、これまで通りに過ごしていた。

 だが、周囲の反応は、とは大違いだった。

 なにせ、ウルはあの見た目だ。ふわふわの黒い毛皮を纏ったもちもちスライムに、職場の人達は興味を抱かずにいられなかったらしい。やり過ぎなんじゃないかというくらいに、こぞってウルを構おうとした。
 は二、三歩後ろから連日のように繰り広げられるその光景を眺めていたのだが……消耗品の在庫を探しにやって来た倉庫の隅っこで、酷く疲れ切った様子のウルを目撃してから、状況が変わった。
 ああ、これは、相当うちの社員が迷惑を掛けている。
 何かにつけてもちもちされる現場を目撃しているため、疲労困憊の彼を無視する事など出来ず、コーヒー缶と共に話しかけてみたのだ。

 恐らくはそれが、交流のきっかけであった。

 短期でこの会社の電機設備点検に当たっているが、本職は異星人向けの専門技師としてやっている事。けっこうな量の触手を所有し、かつ自由自在に操るため、見た目以上にパワフルな働きぶりである事など、ウルから教わり、また実際に見せてもらったりもした。(何十本もの触手が飛び出し、意気揚々と設備を弄り回す光景は、新手のホラーにしか見えなかったけれど)
 この謎の黒い毛玉スライムが男性であると知ったのもこの時だし、ふわもちボディの魔力に秒で敗北したのもこの時だった。

 親しい上司へこっそりと、設備点検をしている異星人が過度な接触で参っていると明かしたところ、その翌日には「異星人同士、尊重して対等な関係を築こう」というお達しが流れ、何かにつけてもちもちされるという過度な接触は静かに収まっていった。

 身の回りが静かになったとぽよんぽよん飛び跳ねて喜ぶウルに、異星人の感性も人間とそう変わらず同じなのだと、ようやくは理解したのだ。
 受け入れているように振る舞いながら、色眼鏡でずっと見ていたのは、他ならぬ私自身ではないか。
 は恥じ入り、もっと異星人を――ウルの人となりを知るべきだと、思うようになった。

 初めは、興味や勉強の一環のような感情によるものだった。少ない休憩時間などで、筆談を用いながらささやかな交流を取るようになり。
 やがて、終業後には食事を共にして愚痴や世間話をするようになり、気付けば休日も一緒に出掛けるようになり。
 いつの間にやら、会社の中だけでなく、プライベートでも、ウルと過ごすようになってしまっていた。


 特筆すべき点は、なんにもない。
 興味と学びの一環が、予想外に心地好い時間を生み出し、その中で抱いた想いもまた変化していった。
 あまりにも平凡な、ありふれた流れだと思う。

 違っていたのは、地球人と、不定形星人という、異星人同士というところだけだ。
 その一点が、言葉以上に大きく存在していた事は、冷静に理解をしていたのだが――。


 ――結婚を大前提に、どうか、お付き合いして下さい。


 バイブレーション機能を搭載しているのかというくらいに震えながら、黒猫の尻尾のような触手を差し伸ばす、三十センチサイズの毛玉スライムが打ち明けたその想いに。

 は、僅か一片の躊躇いも抵抗も、感じてはいなかった。

 自身でも驚くほどすんなりとその触手を握り締め、はい、と頷き微笑んだのは、間違いなくの本心によるもの。
 誰がなんと言おうと、指を差して笑おうと――の中に宿ったのは、“恋心”と呼ぶべきものであった。




 あれからまた短くはない時間を共に過ごし、異星人の彼の事を初期よりもずっと理解し始めていると思っていた。
 思って、いたのだが。
 結局、何も――。

(う……いけない、悪い方向に考えてしまう)

 慌てて両頬を手のひらで叩き、思考を一旦止める。
 ここで悩んでしまっても仕方ない。ここ最近のウルの奇行と不調の理由は、一先ず後回しにし、逃げ出したウルを捕獲しなければ。それで明日、無理矢理にでもファスナー付きのバッグか、なんならキャリーバッグにでも押し込み、異星人向けの病院へ連行してやろう。
 そして無事に治癒した時は、あの真ん丸ボディを嫌がるまで思う存分に揉み込んでやるのだ。


 うんうん、とは頷く。下降した気分が復活したところで、再びウルの捜索を再開すべく、暗い通りを歩き始めた。
 等間隔に並ぶ街灯の明かりの下に、ゆらゆらと歩く人影を見つけたのは、その時だった。
 遠目に見ても、上半身が左右に揺れ、足取りも不安定で危うい。すっかりと出来上がった、酔っ払いだろう。変に絡まれないよう、は心持ち距離を取り、顔を背けて足早に横切ろうとする。

「――ああ、匂うな、あんた」

 けれど、擦れ違いざまに、粘着いた笑みを含んだ不気味な声が、あまりにも近いところから聞こえた。

 肩を揺らし、驚いて振り返ると同時に、の手首が強く引かれる。
 けして小さくはない距離を取っていたはずなのに、擦れ違ったはずの男性は、背後に佇んでいた。
 唐突過ぎる光景に、の心臓が音を立てて跳ね回る。よく見ると、その男性の顔立ちは、何処か不思議な輪郭を宿している。薄暗い中でもいやにはっきりと認識出来る両目も、人間とは異なる切れ長な造形をし、白目がなく全て金一色に染まっている。

 ――異星人だ。

 薄気味悪い笑みの浮かぶ裂けた口から、呼気が漏れる。そこから漂う酒気は、のもとにも届いた。心臓の動きが、一気に速まるのを感じた。

「人間のもんだけじゃない匂いがするなァ。あんた、余所の星人にも優しい、友好派か」

 異星人の男は、握り締めたの手首を、さらに強く引いた。無遠慮な行為と、思わぬ力強さに、背筋がぞくりと震える。

「い、いきなり、何ですか。は、離して下さい」
「余所の星人にも優しいんだろ? なあ、俺とも仲良くしてくれよ」

 男性の顔が、ゆっくりと近付く。は反射的に腕を振った。あっさりとその拘束は解け、すぐさま身を翻し、その場から離れるべく懸命に足を動かす。
 街灯の明かりがぽつぽつと照らてしているだけの物静かな通りが、こんなに心細いとは。もっと人の多い通りへ向かおうと、無我夢中で考えながら、息を切らしたが――。


「――酷いなァ、そう邪険にしないでくれよ」


 楽しげな男の声が、上から聞こえた。


 見なければ良いのに、は視線を持ち上げ、頭上を仰いだ。
 暗い空を背にするように、跳躍した異星人が、の上に居た。

 捕食者の笑みと共に、振りかざした両腕を――カマキリの鎌のような形状に変形させて。


 ――地球に渡航した異星人は、その力を無闇に振る舞うべからず


 何十項目と及ぶ制約の中で、一際強く記されているというそれは、世間でも広く認知されている。
 多くの異星人は、地球人を弱いものと認識し、力を振るわず接してくれているが――むしろ脆弱であるからこそ傷つけようとする、タガの外れた者も存在すると言う。

 各所で語られる、華々しい異性間交流。
 その裏側にある、最も深く、おぞましい暗闇が――自分にも降り掛かるとは、思わなかった。

 飛びかかった異星人は、仰ぎ見たをそのまま街路の上へ倒した。頭部を打ち付ける事態は避けられたが、その拍子に、肩と腕を強く打ってしまった。殴打した痛みがじくじくと巡り、たまらず呻いたを挟むように、異形の鎌が身体の両脇に突き立てられる。

 異星人への偏見はないつもりだ。けれど、種族が違う、まして女よりも遙かに力の勝る男は、恐怖の対象だ。
 その上、包丁よりも凶悪な外見をした異形の鎌が、身体の両脇に立てられている。

 こういう事も、起こり得るのか。あまりにも現実離れし、遠くぼんやりと思うばかりだった。恐怖が許容値を超えてしまい、身体は動かず、上手く声も出せない。

「なあ、俺とも、仲良くしてくれよ。それだけだ、面倒な話じゃないだろ?」

 の目の前にある狂喜を浮かべる男の顔が、人間の肌とはおよそ異なる甲殻で覆われていく。昆虫のような異形の顔へと変化し、顎から突き出たギザギザの牙が、ギチギチと嫌な音を奏でた。

 目が、爛々と光っている。まるで、獲物を狙う捕食者のよう。

「化け物好きナンダ。相手が誰だろうト、同じダロウ?」


 ――化け物。


 ――化け物?


 止まっていた思考が、その言葉で動き出す。
 化け物とは、果たして、何を指しているのだろう。誰の事を、言っているのだろう。
 呆然と見上げていたの目に、憤りが沸々と浮かんだ。

「――同じなわけ、ないじゃない」
「……ア?」
「あんたなんかと同じにされたら、たまったもんじゃない。うちのウルを、一緒にしないで」

 はっきりと言い放った言葉に、昆虫型の異星人の表情が見る見る内に不愉快げに歪む。
 あ、やばい。そう思った時には、不気味な唸り声を漏らし、両脇に立てた鎌が高々と持ち上げられていた。

 鋭く尖った切っ先が、に向け、真っ直ぐと振り降ろされる。

 声も出ないまま、全身が竦み上がる。けれど、異形の鎌が、の身を貫く事は無かった。
 覆い被さった異星人は、鎌を振り下ろしたと同時に、豪快に真横へ吹き飛び、けたたましい音を立て街路の上に落ちていた。

「あ、あれ……?」

 圧迫感が無くなり、はようやく身体を起こす。
 そして、視界の片隅で、ぽん、ぽん、と跳ねている物体に、視線が吸い寄せられた。

「え、ウル?!」

 先ほどから、必死になって探していた存在が、の前にあった。



2019.04.28