03(18禁)

 強かに全身を打った衝撃により、の瞼は静かに持ち上げられた。
 小さく呻きながら身体を起こそうとしたけれど、鳩尾から走った痛みに再び突っ伏す。

 首をどうにか動かし、辺りを見渡す。つい先ほどまであったはずの獣舎の風景は、今は何処にも無い。荒れ果てた内装と調度品で飾られた、粗末な大部屋が視界に広がった。古く廃れた印象が随所に見え、空気も埃っぽくこもっている。恐らくは打ち捨てられた廃墟か何かだろう。
 そして、あちらこちらに、空のボトルや木箱、汚れた毛布などが散乱していた。

(ここは、あいつらの拠点ってところかな……)

 混濁していた頭が、少しずつ冴えてゆく。けれど心臓は全く落ち着かず、緊張でドクドクと音を立てていた。


 ――その時、ゴツリと、靴の踵が床板を鳴らした。
 はっとなり上体を起こせば、の周囲を男達が囲んでいた。

「よう、嬢ちゃん。起きたな」
「ようこそ、我らの家へ。はは、どうだ、意外と広いだろ」

 はぐっと眉を顰め、彼らの顔を睨む。
 日中、ラースに興味を持ち近付いてきた、あの冒険者達だ。
 だが、この拠点を見る限り、彼らの本職は冒険者ではなくならず者の方なのだろう。

 各地を旅し、護衛依頼から討伐依頼まで請け負う、冒険者。けれど、身元証明の必要もなく誰でもなれる職である分、盗賊紛いの事をしそれを稼業にするような人間も稀に存在する。そしてそういった奴らは大抵、同じ冒険者を食い物にするのだ。
 ほとんどの冒険者は、堅実に依頼を受け、実力を身に着けていく、真っ当な者が多い。だが、一方でそういった事もたびたび起こっている。
 冒険者の稼業は、けして華やかではない。薄暗い現実も、潜んでいるのだ。

「なに、大人しくしていれば命までは取らねえよ。安心しな」
「ちいーっと、俺らの相手を願い出るかもしれないけど、な」

 下卑た笑い声が響いた。その醜悪さに身体が震えそうになるのを、は必死に堪えた。

「……目的は、ラース?」

 男達の内の一人が、にたりと笑う。小娘の強がりを楽しむように、大仰しい仕草で腕を広げた。

「嬢ちゃん、旅の相棒だというあの竜の種類を知ってっか。あいつはな、そこそこ小柄なくせして、めちゃくちゃ凶暴で、そこいらの魔物とは比べられないくらい危険なやつだ。あいつ一頭討伐するために、何十人と徒党を組まねえとならないくらいにな」
「人間になんか懐くはずがねえのに、どういうわけか、お前にはべったりくっついている。どうやって手に入れたのか、まあこの際どうでもいい。どうせ道具か何かで手懐けたんだろし。でなきゃ、お前みたいな小娘に、従うはずがねえ」

 嘲りか、それとも、妬みか。男達よりもずっと年若いへ投げつけられる眼差しは、浅ましさで溢れていた。

「竜の身体は、血肉から鱗、骨まで捨てるところのない希少な素材の宝庫だ。人に懐くってのも商品としての価値を高める。あいつを売れば、さぞかし大金になるだろうなあ」

 ――目的は、竜の素材。
 は嫌悪感を隠せなかった。こういう人間がいるから、ラースはあんなに小さな時、密猟に遭い、重たい枷をはめられたのだ。

「まだ小せえが、なかなか立派な竜だ。素材になるか、戦力になるか、どっちにしても買い手は山ほど現れるぜ」

 笑いながら、男達が背中を向ける。暗く陰った部屋の隅に置かれた粗末な檻を、拳で軽く叩いた。
 その鉄格子の向こうには――ぐったりと横たわる、緑色の竜があった。

「ッラース!」

 は足をもつれさせながら、男達を掻き分け、檻に飛びつく。何度も呼びかけたが、ラースの瞼はぴくりとも動かず起きる事はない。鎖が掛けられた引き締まった躯体を、微かに上下させるばかりだった。

「な、何をしたの?!」
「なに、眠ってもらっただけさ。殺したら素材の価値が無くなっちまうからな」
「ちょいと特別な筋から手に入れた薬だ。高値だったが、竜も眠らせるって謳い文句に奮発したんだ」

 竜を、昏倒させるほどの薬――は、ぞっと背中を震わせた。なんてものを持っているのだろう、この男達は。
 しかもよく見たら、ラースの瑞々しい鱗には、いくつもの擦り傷が刻まれていた。どういう手法でラースに薬を与えたにせよ、彼はきっと倒れる直前まで抗ったのだろう。幼竜の頃から気位が高く、反骨精神も有り余る胆力の持ち主なのだから。

 どうして、気付かなかったのだろう。いくら夕食時の宿屋が賑やかだったからって。

 は錆びた鉄格子を握りしめ、深く眠るラースへ謝罪の眼差しを向けた。


「――さあて、暴れ馬もおねんねして、素材も手に入ったし」


 ゴツリ、と鳴らした靴の音が、の背後に迫った。
 不気味な気配に振り返った時には、男達がを囲むようにし見下ろしていた。

「前祝いで、楽しもうじゃねえか。なあ」

 大きな手が、の腕を取る。その乱暴な力には勝てず、そのまま檻から引き離され、部屋の中央に転がされた。
 揺れるランプの明かりに照らされる、崩れ落ちそうな暗い天井。それを背にし真上から見下ろしてくる男達の顔は、獲物を前にした獣のようで――ぞくりと、全身が恐怖で震えた。

「や、やめ……ッい、やあ……!!」

 両手足が、無骨な手によって床板へ押さえ付けられる。身を捩る事すら出来ず、衣服を鷲掴みにされ、力任せに引き裂かれてしまった。

「お? 小娘かと思ったが、意外と良い身体じゃねえか」

 露わになり震えるの肌へ、男達の手のひらが群がる。ふっくらと丸い輪郭の乳房を鷲掴みにされ、無遠慮に揉みしだかれる。妖艶な豊満さとはまた異なる、成熟の途中にある若く瑞々しい娘の肢体が、力尽くで暴かれていった。

(気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!!)

 生暖かく湿った、気色の悪い手のひらの感触が、全身に這い回る。怯えも、懇願も、全て下卑た欲望でねじ伏せ、暴力的に弄ばれる。
 まるで、あの人攫い達のよう。
 薄暗い記憶の数々が蘇り、その瞬間、過去を乗り越えたはずのは、あの頃の泣きじゃくる事しか出来ない非力な少女へ戻された。

 男達の手が、ついにの細い足を開く。無骨な太い指が太腿の内側を滑り、付け根へと向かう。たまらず身を捩り逃れようとしたが、男の指先は意に介さず、両足の間の柔らかい秘所へとついに及ぶ。つぷり、と侵入されたその感触は、汚らしいものを突き込まれたような不快感に満ちていた。全身が総毛立ち、言葉にならない悲鳴を喉の奥から響かせる。

「おほ、指をキュウキュウ締め付けてきやがる! こいつは良い」
「なんだ、生娘か」
「いや、男を咥え込んでるな。まあ、どっちでも良いだろ」

 太い指が、奥へと進む。丸々一本、全て入れると、前後に出入りを始めた。
 内壁が、ぞりぞりと擦られる。秘めた場所を暴くだけのぞんざいな動きに、のまなじりには嫌悪の涙が滲んだ。

「やだ! やめ、やだ……ッや……?!」

 必死に身体を捩るの眼前に、ずい、と何かが突きつけられた。
 薄暗い中に浮かび上がる、立ち上がった長細い輪郭。膨張し始めた、男の肉竿だった。それが、一本だけでなく、二本、三本と、視界に映っている。

「おら、ピイピイ泣いてねえで扱け!」
「ちゃんと、丁寧にやるんだぞ。これからお前を可愛がってやるっていうんだからな」

 怯えるの意志など関係なく、男達は強引に己の竿を握らせる。あぶれた残りの一物は、の頬に押し付け、ぺちりと叩いてくる。
 両の手のひらと片側の頬に、おぞましい温かさと、生々しい肉の感触が触れる。そのまま握りつぶし、噛み千切ってやりたかったが、押さえ付けられた身体は全く動かない。

「ふ、う……ッしっかり、握ってろ」

 そのうち、男達は各々で勝手に動き出し、欲望のままに腰を揺すった。手のひらの中の一物が、次第に硬度を増してゆくのが分かる。頬に擦り付けられるものも、先走った粘着きをこぼしながら膨張している。すっかりと屹立し、恐ろしい逞しさを帯びる頃には、男達の口からは荒々しい息遣いと興奮し上擦った声が漏れ出し、の耳を嬲った。

「お、お……ッやべえ、もう、出る!」
「うぐ、おおッ!」

 の手を強く握り、激しく腰を前後させる。破裂しそうなほどに脈打ち、高まったその先端から、白い精が噴き出した。当然のように目掛けて放たれたそれは、頬や身体へ無遠慮に飛び散り汚していった。
 その熱さに、吐き気が強まる。ビュル、ビュル、と最後の一滴まで吐き出す彼らの表情は、醜悪そのものだった。

「はあああ……最近、女なんか抱いてなかったからな……くっそ、もう出ちまった」
「いい、いい、存分に出してやれ。それに、まだヤれんだろ?」

 溜まった精を放出してもなお、男達のものは萎びてはいない。硬く漲ったまま天井を向いている。取り囲む男達の表情からも興奮は醒めず、それどころか凶悪さが増しているようにも見えた。

「――さて。そろそろ、本番にいこうか」

 両脚が、ぐい、と開かれる。乱暴に出入りした指を引き抜かれ、代わりに宛がわれたのは、ダラダラと粘液をこぼす一物だった。

「い、いや、いやァ!」
「うおッ?! この、急に暴れやがって……!」

 四肢を激しくばたつかせると、虚を突かれたように男達の拘束がほんの一瞬緩んだ。
 その僅かな隙に、は仰向けからうつ伏せの体勢へと変わり、ラースが囚われている檻へ顔を向ける。

「ラース! ラース!!」

 激しく名を呼ぶも、男達の手がすぐさま伸び、を再び床板に縫い付けた。

「ッそんなに突っ込まれてえか。なら、大好きなラースちゃんを見ながら、犯してやるよ――!」

 嘲笑すると、臀部を力任せに鷲掴みに、細い下半身を持ち上げる。宛がわれた肉竿の先端が、ひたりと柔らかい割れ目に触れ、その先へ侵入しようとする。はもう一度、緑竜の名を叫んだ。


 ――重く閉じていたラースの両目が、勢いよく開かれた。


 何度も床板や鉄格子にぶつかりながらも、しきりに頭が動く。まだ、意識は曖昧に混濁しているようだった。

「ラース!!」

 男達に使われた薬は、完全に抜けきってはいないのだろう。けれど、の呼びかけに、獰猛な緑竜はしっかりと瞼を開きその姿を映した。
 何人もの男に取り押さえられ、必死に手を伸ばすを。

 金色を宿した鋭い両目に、獰猛な光が浮かぶ。鱗に覆われた太い喉から、獣の比ではない唸り声がこぼれた。顎(あぎと)を開き、無数に並ぶ牙が覗かせ、激憤に満ちた咆哮を放った。
 まだまだ甘えた盛りで、成長途中にある若い個体だとしても、ラースは竜。数多の生物、魔物の生態系の頂点に君臨する種族の、その一体なのだ。牙を剥き吼え猛る形相は、そこいらの魔物ではけして持てない恐ろしい気迫があった。
 崩れかかった廃墟がビリビリと震え、静まり返った空気が戦慄くように激しく震える。下卑た欲望に染まっていた男達も、全身を竦ませ、一切の身動きを奪われたように凍り付いた。に突きつけた欲望は、あっという間に萎びてしまい、みっともなく垂れ下がった。

「なッ薬がもう……?!」
「早すぎるだろうが、何で……!」

 あれほど自信たっぷりだったというのに、目に見えて激しく狼狽している。一晩は持つと、踏んでいたのだろう。しかし彼らご自慢の、竜をも眠らせるという薬は、実は効果のある時間は短いのかもしれない。そうでなくとも相手は、食物連鎖の頂点に君臨し、未だその生態も明らかになっていない、絵本の住人の“竜”なのだ。想定外の事など、いかようにも起こり得るだろう。

 ラースは震える後ろ足を踏ん張らせ、檻の中で立ち上がった。自らの身体に掛けられた鎖を強引に引き千切り、いとも容易く拘束から抜け出すと、駿馬ほどもある巨体を鉄格子にぶつける。粗末な檻は呆気ないほどに崩壊し、ラースは檻の中から飛び出した。

「ヒイ?!」
「おい、武器を持て! 早く!!」

 男達はようやく硬直から抜け出し、意識を戻した。だが、戦闘準備など出来ておらず、あまつさえ目先の欲望に夢中になっていたのだ。激昂したラースの突進だけで男達は吹き飛んでしまい、鞭のような長い尾と岩すら砕いてきた頭突きだけで、あっさりと昏倒してしまった。
 呻き声もあげず倒れ伏す男達を、ラースは最後にとどめとばかりに、思いきり後ろ足で蹴り上げた。あれは……確実に身体の何処かに重傷を負っただろう。朝になっても、きっと起き上がれまい。

「……ラース」

 はゆっくりと身を起こし、緑竜を呼んだ。激しく怒りながら、器用にもを一切傷つけなかった彼は、大きな身体をふらつかせながらものもとへやって来た。
 角が伸びた頭部を下げ、の顔へ摺り寄せる。先ほどのあの吼え猛る声が嘘だったように、クルルル、と甘えた音を鳴らした。
 聞き慣れたその音色に、はようやく安堵を抱いた。

「ありがとう……君がいて、本当に良かったよ……」

 恐ろしさから滲んだ涙は安らいだ涙へと変わり、強張った口元にもほっと笑みが浮かぶ。慣れ親しんだ鱗を数回撫でた後、目尻をぎゅっと拭い、顔を上げる。

 大丈夫、もう、あの頃の私じゃないんだ。泣き寝入りなんて、絶対しないんだから。

 は部屋を見渡し、何か使えそうなものはないかと探った。片隅に、古びているが太く編まれた縄を見つけ、それを持つと気絶している男達をぐるぐるに縛り付ける。老夫婦から教わった、暴れる獣も簡単に抜け出せなくなる特殊な縛り方を施した。
 さらに、手に持てる武器になりそうなものは全て遠くへ蹴飛ばし、男達の上へ死なない程度に古い椅子やテーブルなどを重ねた。

 本当は、殺してやりたいとも思う。
 身動きが取れず、意識もない状態ならば、女のでも滅多打ちにすれば容易く叶うだろう。
 けれど……そうはしない。
 かつて自分がされたように、嘲りながら非道に走るのは、あの人攫い達と何ら変わらない。

 私は、あいつらと同じ道は踏まない。その方が、ずっと、かっこいい。あの牢獄の日々を過ごす中、けして屈服しなかった小さな子竜がそうであったように。

「……こんなもんかな。町の人達に言い付けてやるから、覚悟してなさい」

 ――しかし、まあ、腹いせに爪先で蹴るくらいは、許されるだろう。

 うつ伏せに倒れる男の肩を一度蹴り上げた後、床の上に落ちていた古い外套を拾い上げる。衣服を裂かれ肌が露わになってしまっている身体へ羽織ると、低く伏せたラースの背に乗った。

「早く、ここから離れよう……ラース、もうちょっとだけ、頑張って」
「クウウ」

 ラースは立ち上がると、身を翻し、壁に向かって駆け出す。大きな窓硝子へ頭から突っ込むと、硝子の破片などものともせず突き破り、窓枠を飛び越えた。


2019.09.07